第69話 キミが羨ましいよ

「全員、消火を開始しろ」サヴォンが騎士団に命令を出す。「被害者も最小限に抑えろ。いいな」


 指示を受けて騎士団の面々が動き始める。さすがにサヴォン団長に連れられている聖騎士は精鋭揃いらしく、全員の動きが適切かつ迅速だった。


「さて、行こうかテルくん」


 サヴォンがテルを担ぎ上げると、


「痛いんですけど……」テルが苦痛に顔を歪めて、「右足がどこかの誰かに折られたので、丁重に扱ってほしいね」

「……骨が折れた人間にしては余裕があるな……」

「人間じゃないからね」獣人である。「じゃあねアレス。寝とくから、早く来てね」


 そう言ってテルは本当に寝息を立て始めた……というより気絶したようだった。そりゃこんな業火の中サヴォン団長とやりあえば精根尽き果てるだろう。


 サヴォンは言う。


「大した女性だな。この業火の中、怯むことなく私に立ち向かってきた」

「ああ。大したやつだから、本当に丁重に扱えよ。テルを殺すのは世界の損失だからな」

「……丁重には扱う。これ以上ケガは負わせない。だが……私とて君主の命令には逆らえない」

「時間になれば処刑は行われる、ってことだろ」そんなことはわかっている。「英雄ってのは大変だな」


 サヴォンが悲しそうな表情で、


「私は英雄などではない。欲に目がくらみ、権力に逆らえなくなった負け犬だ」その言葉は本心に思えた。「キミが羨ましいよ……無冠の帝王」

「……アンタから見れば、そうかもな……」サヴォンは立場に縛られている。まったく自由じゃない。「俺は……ハッキリ言ってアンタに憧れてるよ」

「……難儀なものだな。お互いに憧れていた場所からはかけ離れた場所にいる。そして最後には敵対した」それからサヴォンは何度も口にした言葉を告げた。「キミとは違う出会い方をしたかった。ならば……良い友人になれただろう」

「……そうかもな……」


 その言葉だけを残して、サヴォンは去っていった。テルを抱えたまま王宮に戻ったようだった。


 ……

 

 ……


 一刻も早くテルを助けに行かなければならないが……まずは消火だ。街の被害も最小限に抑えなければ。


「ミラ」アレスがへたり込むミラに話しかける。「事情は後で説明するよ。今は……力を貸してくれ。避難の指示と消火の指示……ミラならできるだろ」

「……」ミラは苦しそうな表情で立ち上がって、「……はい……」


 混乱しているようだが、動き出してくれた。ここで渋られると時間をロスしたので、ありがたいことだった。


 さてそれからは消火活動が続けられた。


 街の人々の協力。そして聖騎士たちの協力。火消しの方々や、どこぞの情報屋やメイドさんたちの活躍によって、かなり延焼は収まってきた。


 そしてアレスが少し息を吐いて、


「……そろそろ大丈夫かね……」

「……そうですね……これ以上燃え広がることはないでしょう」ミラが空を見上げて、「途中で雨が降ってくれて……助かりました」


 そう。消火の途中で雨が降り始めたのだ。雨の勢いは増し続けて、一気に消火活動が進んだ。


 ミラが言う。


「……雨が降ること……サヴォン団長はわかっていたのでしょうか……」

「……かもしれないな……だから今日、計画を実行したのかもしれない」


 とにかく消火は完了した。その場にいた全員の協力によって、奇跡的に被害は少なかった。たぶんそうなるように計画してサヴォンが火をつけたんだろうな。


 ……


 さて……火が止まったのは嬉しいことだが、まだアレスにはやることが残っている。

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