第68話 世界で一番強いと約束する

 テルは獣人の一族。


 なんとなく想像はしていた。テルだって隠しきれていないことはわかっていた。


 だけれど隠したかった。とくにミラに対しては隠したかった。


 ミラはサヴォンとテルを交互に見て、


「え……? テルさんが……獣人の……?」

「そうだ」サヴォンはテルを指して、「テルくんは……ミラくんの母親を殺した獣人の娘だ」


 ……そうだろうな、と思っていた。


 ずっとテルは帽子で頭を、耳を隠していた。そして長いコートで尻尾も隠していたのだ。メイドカフェで見せていた猫耳と尻尾は自前のものである。


「……」ミラはその事実が受け入れられないようで、「な……そんな、いえ……違う、そんなの……ウソです」

「ウソではない。見てみたまえ。この頭についている耳……そして尻尾を見ればわかるだろう?」


 ミラはフラフラとテルに近づいて、


「……なんで……」


 サヴォン団長の言葉が真実だと気づいたようだった。テルが獣人だということに気がついたようだった。


「……バレちゃったかぁ……」テルは観念した様子で、「そうだよ。サヴォン団長の言う通り……私は獣人事件で殺された獣人の娘。獣人事件の犯人は、私のお父さん」

「……」

「……ゴメンね、隠してて」テルは目線をそらして、「ミラに嫌われたくなかったから」


 ミラは腰が抜けたように、その場にへたり込んだ。顔面蒼白、という感じで見ていられない。


 そりゃショックだろう。自分の母親を殺した獣人……その一族と自分は仲良くしていたのだ。その事実は受け入れがたいかもしれない。


 しかし放心状態になってくれたのは好都合だ。今はアレスにも、ミラをフォローする余裕がない。


 アレスは言う。


「テルをどうするつもりだ?」

「王宮に連れ帰り、処刑する」

「させると思うか?」

「だから交渉する」どんな交渉をしても無意味だけれど。「テルくんを王宮に連れ帰ることができれば、騎士団はこの火事の消火に回る。火事の被害は最小限に抑えることができるだろう」


 悪趣味な交渉だ。


「……俺がテルを、この場で取り返したら?」

「この火はさらに燃え広がることになる。そうなれば……無関係の人が多く巻き込まれて命を落とすだろう」サヴォン団長は挑発的に両手を広げて、「さてどうするアレスくん。恋人を助けて無関係の人々を大勢殺すか? それとも恋人の命と引換えに、人々を救うか?」


 そんな2択は考えるまでもなかった。アレスにとっては1択だった。


 アレスは刀を抜いて、サヴォンにゆっくりと近づく。どの間合いからならサヴォンを真っ二つにできるか……それしか考えていなかった。


「交渉決裂、か」サヴォンも戦闘態勢になって、「数百人、数千人の命よりも……この小娘が重要か?」

「当たり前だろ」迷うことなどなにもない。「世界のすべてが敵に回っても、俺はテルの味方だ」


 その結果、何千人何万人何億人が犠牲になろうが知ったことではない。テルさえいればいい。テルさえ生きていてくれたらいい。


 テルの危機であるならば、おそらくミラだって見捨てる。そういった覚悟は……国王と似ているかもしれない。


 さぁて、いよいよサヴォンをぶった斬れる。待ちに待った時間だ。


 サヴォン団長との最後の真剣勝負……その火蓋が切られる瞬間だった。


「ダメだよ、アレス」テルが言った。「らしくないね」

「……」……この恋人は何を言っているのか。「……見捨ててほしいのか?」

「んなわけないでしょ」じゃあなんだ。「被害も最小限に抑えつつ、私を助ける方法があるんじゃないの? キミなら……両方選んでも大丈夫でしょ」


 ……


 ……


 両方選ぶ?


 火事による被害を抑えながらテルを助ける……


 ……


 少しだけ考えると、その方法を思いついた。


「なるほど……」時間は少ない。アレスは早速サヴォンに言った。「ひとつ取引をしよう」

「なんだ?」

「テルは連れて行っていい。だが……処刑の時間は引き伸ばしてくれ」

「……そうすると、なにが起こる?」

「俺が助けに行く」これが最良の選択。「そしてその時の俺は……世界で一番強いと約束する」


 サヴォンの目的は最強状態のアレスと戦うことだ。テルを殺すことは、あくまでも命令だから従わないといけない事柄。


 たぶんサヴォンはテルを殺したくはない。だから……王宮に連れられても少しだけ時間の猶予がある。サヴォンがアレスと戦いたいのなら、時間を作ってくれるはずなのだ。


 アレスは続ける。


「いいのか? テルを処刑しちまったら……俺は一生本気なんて出さないぜ。そのうちにアンタは老いぼれて、全力を出すチャンスがなくなる」


 これが交渉。サヴォンの願いを叶え、街の被害を抑える最良の選択。


「その提案を待っていた」サヴォンは剣を収めて、「ヒントは出したつもりだったのだがな」

「……悪いな……ちょっと冷静じゃなかった」


 サヴォンは……、火事を消火すると言っていた。テルを処刑できれば、とは言っていないのだ。


 それがヒント。だがアレスは激昂してヒントを見落とした。まだまだだな、と自分でも思う。


「いいだろう。交渉成立だ」サヴォンが言う。「しかし処刑を引き伸ばすと言っても……明日の朝頃に処刑が行われるのは間違いない。急いでくれよ」

「今日の夜には出向くよ」のんびりするつもりはない。「聖騎士が何人か殺されても……文句言うなよ」

「もちろんだ。楽しみにしている」


 ……


 まったく……


 何度サヴォン団長と決着をつけ損なえば気が済むのだろう。

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