決着、あるいは蛇足

第66話 頼んだぜ帝王さん

 その場所からは黒煙が上がっていた。そしてその場所は……明らかにアレスたちが住んでいる地域だった。


 走りながらミラが言う。


「……火事、でしょうか……?」

「……そうかもな……まぁあんな掃き溜めの街だ。放火なんて珍しいもんじゃないが……」

「……あの地域で大きな火災なんて、聞いたことありませんけど……」


 ……全部の地域の火災を記憶してんのか……?


「大抵は近くのやつが気づいて、消火するんだよ。だからボヤ程度で終わることが多い。王宮まで火が見えるなんて……ありえないはずなんだが」

「……そうですね……僕もはじめて見ました」

「ああ……あの街にはニーニャがいるからな。あそこで悪さするなら、まずニーニャの監視をかいくぐらないといけない」


 その時点で不可能なことが多い。


「つまり……ニーニャさん以上の実力者が、あの街で暴れている……」言ってから、ミラは最悪の言葉を口にする。「……サヴォン団長……?」

「第一候補だが……」

「でも……サヴォン団長がなぜ放火などするんですか? あの場所を襲っても、得があるとは思えませんが……」


 ……


 アレスにはわかる。サヴォン団長があの場所を襲う理由がわかる。そしてそれは国王の目的にも合致するものだ。

 

 だが……だがもしもこの推測が当たっているのなら……


「……アレスさん……?」

「ん……?」おっと……考え込んでしまった。「まぁ……とりあえず急ごう。それから……ヤバいと思ったらすぐに逃げろ」

「……わかりました」


 まさかここまでの行動に出てくるとは思っていなかった。ここまでやるということは、もう団長は本気だ。止まるつもりはないのだろう。


 走り続けて、その場所が近づいてきた。


 少しずつ周囲の気温が上がってきていた。これ以上近づくのは危険かもしれないが、そんなことは言っていられない。


 火事の周辺から逃げてきたであろう人々とすれ違った。その全員が絶望と恐怖に塗りつぶされた表情をしていた。


 炎はかなり広範囲に燃え広がっているようだった。空を見上げれば赤く見えた。空気も悪くなってきて、大量の汗が流れ始めた。


 皮膚が焼けるように熱かった。とはいえ立ち止まってなどいられない。


 走っている途中で、道の端で倒れている少年を見つけた。


 アレスは少年に駆け寄って、


「……おい……! 大丈夫か……!」

「……」少年は虚ろな目を開いて、「あ……アレス……」


 少年の服はボロボロになっていた。おそらく火の手の中を必死に逃げてきたのだろう。


「どうした……なにがあった?」

「……急に騎士団の人が来て……それで、火を放って……」


 やっぱり騎士団か……その目的は……やはりアレだろうな。


「それで……」少年はハッとした様子で、「僕のことはいいから……! 早く行って……!」


 早く行かなければならない。それはわかっている。だけれど目の前で苦しんでいる少年を見捨てるというのは……


「アレス」背後から誰かが声をかけて、「その子は俺が連れて行く。お前は早く行け……!」


 振り返ると、そこには……


「アンタ……ラーメン屋の店主さんか……?」

「ラーメン屋じゃねぇよ。うちでラーメンなんか頼むの、お前んとこの恋人くらいだよ」


 アレスとテルが行きつけのラーメン屋……じゃなくて飲食店の店主がそこにいた。


 とにかく渡りに船だ。


「この子を頼む」アレスは店主に子供を託して、「安全な場所まで急げ」

「おう」店主は子供を受け取ってから、「頼んだぜ帝王さん」

「任せとけ」


 そう言うしかない。それほど状況は危険な領域にまで到達している。


 アレスは子供を店主に預けてから、また走り始めた。


 そうして……ついにその場所にたどり着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る