第65話 ビターエンド

 国王の部屋を出て、ミラは早足で歩いていた。脇目もふらずに前に進んでいた。


 アレスはその少し背後から追いかけて、


「ホントにいいのか?」

「野暮なこと、聞かないでくださいよ」野暮にもなりたくなる。「いいんです。本当です。本心です。国王様が幸せならいいんです」

「本当は?」

「抱きしめてほしいです」じゃあそう言えばいいのに……「愛してるって言ってほしい……けど、それは無理なんです」


 ……国王に直接言われたからな。もう国王がミラを愛することはないのだろう。


 だからミラの望みが叶うこともない。100%ないのだろう。


 ミラは早足で王宮の外を目指す。アレスは追いかけながら、


「ちょっと座って話さないか?」

「好きな人に泣き顔なんて見られたくないです」

「……」なんだそのカミングアウトは……「わかったよ……」


 どちらにしても王宮からは早く脱出したほうがいいだろう。


 話題を変えよう。ミラが覚悟を決めたのならば、別の話に移るべきだ。


「……国王様は……ミラを殺そうとしなかったな。なんでだ?」

「殺す必要はないと思ったんでしょう。僕は国の安定を望んでいますから……今の王子がニセモノだって言い出したりしませんから」それが会話で確認できたわけだ。「それに……新しい王子の評判があまりにも悪ければ、また呼び戻すつもりかもしれませんよ」


 ……なるほど……替え玉として常備しておくわけだ。


 本当に国王は自分の人気取り、そして国のことしか考えてないんだな。ある意味で……理想の国王か。


 そしてミラは……そんな国王のことが好きなのだ。だから今回のことも受け入れるのだ。


 王宮の外まで早足で歩いて、


「……はぁ……」ミラが足を止めて、空を見上げた。「なんか……スッキリしました」


 アレスはミラの後方で足を止めて、


「……なら良かったよ」

「はい……もう未練はないです」本当はあるんだろうけどな。「国王様は国のために最善の方法を選択しました。だから僕は……それでいいんです」


 娘よりも国のことを愛している。それが今の国王。


 ……


 ハッキリ言って言いたいことはある。こんな形の解決で良いのかと問い詰めたいところもある。


 だけれど……


「ミラの意志を尊重するさ」たとえそれが建前でも。「まぁ……ミラがいいなら、ずっとうちに住んでてもいいんだぜ?」

「ありがとうございます。ですが……お金が貯まれば、どこか違うところに行こうかと」

「そうなのか?」

「はい」そこでミラは振り返った。目が赤いので、本当に泣いていたのだろう。「あんまりアナタと一緒にいると、告白してしまいそうなので」

「……そりゃ困るね……」アレスの恋人はテルだけだ。「まぁ安心しなよ。仮に告白されても……キッチリ断るから」


 確約できる。


「……テルさんのこと……大好きなんですね」

「……まぁ……そうだな」

「……羨ましい……」重い言葉だな……「お互いに愛し合い、認め合い、求め合う存在。そんな存在が……僕にも見つかるのでしょうか」

「……さぁな……」ミラほどの容姿を持ってしても見つからないかもしれない。「探してみたらどうだ? 案外……すぐに見つかるかもしれないぞ」

「……そうですね……少しお金をためて、旅にでも出ましょうか」

「それも面白いかもな」


 そこでミラは小さく笑った。作り笑いじゃないミラの笑顔は久しぶりに見た気がした。


 ミラは長い時間をかけて息を吐き出した。それはおそらく王子としての責務とか国王との未練とか、いろんなものを肩から下ろす動作だったのだと思う。


「……帰りましょうか……」

「……そうだな……」これからのことは帰ってから考えればいい。「これでビターエンド、ってとこかな」


 ミラが国王に愛されることはなかったけれど、ミラはその悲しみと経験を乗り越えて強くなる。きっと大きな人になる。その希望を持って帰宅してビターエンド。


 ……そういえば獣人のことやらドラゴンのことやら……機械関連のことを聞きそびれたな。まぁ聞いたところで答えは帰ってこなかっただろうし、そこはニーニャに任せよう。


「なに言ってるんですか。アレスさん……サヴォン団長と決着をつけてないですよ」

「決着と言ってもな……もう戦う理由もないだろ」


 ミラがまだ王宮に未練があったから、アレスはサヴォンと出会うことがあった。王宮に来なくなれば、サヴォンと出会う確率は低いだろう。


「……それもそうですね……残念です。アレスさんとサヴォン団長……どっちが強いのか気になってたのに」

「だから何度も言うが……団長のほうが強いと思うぞ?」

「そんなの全力で戦ってみないと――」


 言葉の途中で、ミラがなにかに気づいたようだった。


「……? どうした?」

「……あれは……」ミラは遠い町並みを指さして、「……煙……?」

「……」言われて指の方向を見ると、たしかに煙が見えた。「……デカい焚き火……なわけないか……」

「……あの方角と距離は……」

「……俺達の家のほうだな……」瞬時、嫌な予感がした。「急ごう。帰る家がなくなってたらシャレにならん」


 言った瞬間、アレスとミラは走り始めた。


 ……


 どうやら今回の物語……このままビターエンドでは終わってくれないようだ。

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