第64話 不可能ですか?
アレスとミラを2人同時に国王の部屋に招待する。
それはやはり……正体がバレているということなのだろう。
だとしたら……
「部屋に入った瞬間に襲われる可能性もある。用心しとけ」
「わかっています」
そうしてアレスたちは立ち上がって、国王の部屋の前に案内された。
本当に国王の部屋の前に案内されただけで、案内役の聖騎士はどこかに行ってしまった。おそらくノックのやり方とか、そのへんの礼儀作法の試験も兼ねているのだろう。
まぁ礼儀のたぐいはミラに任せておけば良い。
「……」ミラは扉の前で大きく息を吐いて、「失礼します」
震える手でノックをすると、
「どうぞ」室内から声が聞こえてきた。「開いてるよ」
入室の許可を得たミラは、ゆっくりと扉を押し開けた。
室内はかなり広かった。国王の私室、というわけではないのだろう。おそらくこの手の面会のときのために用意された部屋だ。
装飾が豪華なのは言うまでもないが、少しだけ他の部屋よりも高級感があるだろうか? もしかしたら客人を出迎える用の部屋なのかもしれない。
部屋の中にはイスに座った老人……国王がいた。その隣には聖騎士セジールが控えていた。おそらく国王の護衛なのだろう。
……1人で国王の護衛を任せられるほどの実力者なんだな……明らかに戦い慣れていそうだし、あまり敵に回すのは良くないかもしれない。
さて国王は相変わらず柔和な笑みで、
「キミたちが最後だね」国王は拍手をしながら、「入団試験は厳しかっただろう? その試験に合格したキミたちは、間違いなく選ばれし者だ。そんなに緊張せずに、もっと胸を張りたまえ」
……ミラの正体に気がついていない、わけがないよな。知っていてとぼけているのだろうか? そんな意味があるのだろうか?
「ありがとうございます」ミラは少しだけ震える声で、しかしハッキリとした口調で伝える。「茶番はやめましょう、お父様」
「おや……それは残念だね。せっかくだから世間話を楽しみたかったのに」……こっちとしては世間話をするつもりはない。「あえてこう呼ばせてもらおう。カイ王子……どうして王宮に戻ってきたの? もうキミの居場所がないことは知ってるでしょ?」
居場所がない。そんなことはミラも知っている。覚悟している。
「……お父様……」ミラは一瞬だけ目をつぶって、「僕は……国の政治や、お父様の行動に口を出すつもりはありません」
「そうなの? てっきり怒られるのかと」
「……その行動が国にとって最善の行動だと信じているのなら、僕はお父様の決断を信じます。たとえそれが……僕を切り捨てる決断でも。この国の王子として、その覚悟はできていました」
自分の娘を殺す決断でも。それでもミラは受け入れる。なぜなら国を安定させることがミラの望みだから。
しかしそれはミラの……王子としての決意。ミラ個人としての、ラーミとしての決断は別のものである。
「王子としては……お父様の決断を受け入れます。ですが僕個人として……ラーミという人間として、お願いがあります」
「……なに?」
ミラが次の言葉を口にするのに、たっぷり時間がかかった。今にも泣き出しそうな表情、そして決意を固めた表情、それからさらに躊躇したような表情を見せてから、ミラは言った。
「もう……僕を愛してくれることは、ないんですか……?」子供としての願い。「なんでもいいんです……王子じゃなくてもいい。このまま聖騎士になってもいいし、召使いでもメイドでも……奴隷でもいいんです。どんな立場でもいいから……あなたの近くにいて……あなたに愛してもらうことは、不可能ですか?」
親に愛してもらいたい。どんな立場でもいいから、時々でいいから抱きしめてもらいたい。大好きだと言ってもらいたい。それだけがミラの望み。
それを聞くためだけに、ミラは王宮に来た。そしてついに聞いた。
その答えは……
「不可能だよ」残酷な答えだった。「王として愛するのは……王子のことだけ。血縁なんて関係ないよ。国のために王子を切り捨てることが必要と判断したら、それに従うだけ。キミのことは……もう二度と愛さない」
……
……
ミラはその言葉を、ゆっくりと受け入れた。
ミラは涙をこらえて、
「2つ……質問があります」
「どうぞ。キミと会うのはこれが最後だろうから、答えてあげるよ」
「……今まで……王子だった僕を愛してくれていたのは、本当ですか? 本心からですか?」
今まで自分は愛されていたのか。
「それは本当だよ。王子としての職務をまっとうするキミのことは愛していた」
だけれどそれは優秀な王子を欲していただけ。ミラ本人を求めていたわけじゃない。
「……では……最後の質問です」ミラは目に涙をためながら笑顔を作って、「お父様は今……幸せですか? これから先……ずっと幸せに生きていられますか?」
「もちろんだよ」即答だった。迷いは見られなかった。「私は今までずっと幸せだった。そしてこれからも……ずっと幸せだよ」
その幸せにミラはいらない。国王はそう言っている。
そしてその意図はミラにも伝わった。
「……そうですか……」ミラは大きく天を仰いでから、「……わかりました……」
ミラは深く頭を下げて続けた。
「これからも……ご自愛ください。遠い場所から……国王様の幸せを願っています」
それだけ言って、ミラは扉に向けて歩き始めた。
思わず、アレスはその背中に声をかけた。
「おい……いいのか……?」
おそらくこれが今生の別れになる。ならば……こんな別れ方で良いのだろうか?
「いいんですよ」肩が震えている。泣いているのだろうか。「お父様……いえ、国王様の幸せが僕の幸せです。前にも言ったでしょう?」
「……それは、そうだが……」
父上さえ幸せなら自分も幸せ。そうミラは言っていた。
アレスとしては到底納得できる話ではない。1発や2発くらい国王をぶん殴って、罵倒してやりたい。
どうして自分を裏切るのだと。どうして消そうとしたのかと。泣きわめいて大暴れしたい。
親に裏切られた子供は、もっと泣いていい。少なくともこんなに悲しい別れであって良いはずがない。アレスはそう思う。
だけれど……
「……」アレスは首を振って、「……わかったよ……」
ミラが受け入れているのなら、アレスだって受け入れる。だってこの話の当事者はミラなのだから。
「……ありがとうございます……」
小さくそう言って、ミラは国王の部屋を出ていった。
親子の最後の別れにしては、あまりにもあっさりしていた。
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