第61話 単刀直入に
その時にミラの目は、アレスでさえ息を呑むほどの迫力を持っていた。
危険と相対した感じ、ではない。猛獣を相手にしたときも、サヴォン団長を目の前にしたときも、こんな感情は湧いてこなかった。
ただ……今のミラに逆らってはいけない。本能がそう告げていた。
食堂が一気に静まり返った。誰もが表情を引き締めて、ミラに目線を集めていた。
思わず息を呑んで、アレスは事の成り行きを見守っていた。
ミラに腕を掴まれたメイド長が、
「な……!」慌てて腕を振りほどいて、自分の腕をハンカチで拭いた。「下民風情に触られるなんて……ああ、匂いが落ちるかしら……」
匂いなんて気にしてる場合か。目の前のミラを見ろ。普段の優しげな表情がまったくないぞ。
「メイド長……」ミラはゆっくりと立ち上がって、威圧感のある低い声で言う。「恥を知りなさい。懸命に生きている民の人生を否定するなど……愚の骨頂……!」
「……は……?」そこでようやくメイド長は、目の前の相手が激怒していることに気づいた様子だった。「なんですかあなた……下民風情が……!」
「人間が人間を見下していい理由はありません。生まれた場所や立場が違おうが同じ人間。それまでの人生を否定させるなど言語道断」
……
ミラを怒らせるのはやめとこう。泣いちゃう。怖い。
しかしメイド長は、下民風情にという考えが抜けないらしく、
「下民がなんと無礼な……! 警備兵……! 誰か、この者をひっ捕らえなさい!」
あーあー……ド派手に目立ってしまった。せっかく今のところ隠密行動ができていたのに。これならテルを連れてきても変わらなかっただろう。
……
まぁミラがやらなかったら、アレスが行動していただけだが。
ともあれメイド長の声に引き寄せられて、警備の聖騎士たちが集まってきた。
その数はおよそ3人……って思ったよりも少ないな。もっと警戒されると思っていた。10人は集まると思っていた。
さて目立ってしまったものは仕方がない。警備兵をぶちのめして国王のところに行こう……そう思っていると、
「静まりなさい」
ミラの声は大きい声ではないのに、とても響く。
本来……今のミラの声に聖騎士たちが反応する理由などない。なのに聖騎士たちは背筋を伸ばして、その場に立ち止まった。おそらく本能がそうさせるのだろう。
それからミラは聖騎士たちにも物申す、のかと思いきや、
「お騒がせして申し訳ありません」深々と彼らに頭を下げて、「頭に血が上ってしまいました。この無礼な発言に罰が必要だというのなら受け入れましょう」
「そ、そうよ……!」メイド長が喚き散らす。「この下民は私の腕を触ったのよ……! 早く地下牢にでも……!」
地下牢ってものがあるのか……そこにミラは連れて行かれてしまうのだろうか。
しかし聖騎士たちはミラのほうではなく、メイド長を取り囲んで、
「メイド長……少しお話があります」
「な、なによ……」
抵抗する暇もなく、メイド長は聖騎士に連れられて食堂から消えていった。
それから1人残った聖騎士が、ミラと新人たちに頭を下げる。
「申し訳ない。メイド長の素行が悪いのは噂になっていたが……まさかこれほどとは……」……彼も苦労してるんだな……「すぐに変わりの講師を用意しよう。その前に……」
聖騎士はミラとアレスを見て、
「そのターバンの人と兜の人……こっちに来てくれ」聖騎士は目線を鋭くして、「メイド長が悪いとはいえ、この場を荒れさせた説教はさせてもらうよ。次の講師が来るまでの間……少しお話しよう」
……説教するならターバンの人だけにしてください……ってわけにもいかんだろうな。この聖騎士の目的は説教などではないのだから。
ともあれアレスとミラは聖騎士に連れられて、食堂の端っこに移動した。広い食堂だ。ここなら他の人間に話が聞かれることもないだろう。
そこで聖騎士が言った。
「単刀直入に申し上げます。戻ってきていただけませんか、カイ王子」
やっぱりバレてた。
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