第58話 いつかキミの全力を

「行くよ」サヴォン団長が言う。「楽しみだ」

「お手柔らかに」アレスが言う。「期待に答えられるよう、頑張るよ」


 言った瞬間、アレスがサヴォン団長に斬りかかる。

 

 ドラゴンを切ったときよりスピードを出したつもりだった。正真正銘本気の、全力の一撃。


 一瞬遅れて風が起こる。その疾風の一撃は、


「素晴らしい」サヴォン団長の剣に受け止められていた。「これほどのスピード……久しいよ。獣人以来だ」

「へぇ……」獣人以上と言ってほしい。「このスピードでドラゴンならやれたんだけどな」

「やはりドラゴンを切ったのはキミか。悪いね、手柄だけもらったよ」

「別に構わないさ」アレスは蹴りを放って、「手柄なんて興味ねぇよ」


 サヴォン団長は蹴りを回避しながら、


「そうなのかい? ドラゴンを倒したという噂が広まれば、無冠の帝王とは呼ばれなくなるかもしれないよ」

「……ああ……たしかに……」


 ドラゴン切り、とか呼ばれるのだろうか。


 しかしそんなこと、考えもしなかった。なぜだろうか。


「……どうやらキミは……無冠の帝王を返上することが最大の目的じゃないみたいだね。その異名すらも受け入れている気配がある」

「そうか……?」いまいち納得できないが……「アンタが言うならそうなのかもな」

「……そうかもね……」サヴォンは突きを放って、「キミの全力を引き出す方法は……なんとなくわかってきたよ」


 アレスは突きを紙一重でかわす。そのまま踏み込んで、


「今も全力だが?」

「まだだよ。まだキミは力を隠してる」過大評価されまくる……「いつかキミの全力を引き出してみせるよ」

「……そりゃ楽しみにしてる……」


 今も全力だから引き出されることはないだろうけど。


 とにかく、


「かなり人が減ってきたね……」サヴォン団長が構えを解いて、「今回のところは、これくらいかな」

「そうだな……」気がつけば1時間経過しそうだ。「なかなか楽しめた。ありがとう」

「こちらこそ」


 そっちはまだ全力を出してなさそうだったが。


 ……しかし騎士団団長ってのは伊達じゃないな……3度戦って、まったく勝ちの目が見えない。このまま続ければ負けてしまうだろうという直感がある。


 ううむ……もしも潜在能力とやらが眠っているのなら、早く引き出したいところだ。


 アレスが考えているうちに、サヴォン団長が叫ぶ。


「それまで!」声に反応して、試験者たちが動きを止める。「現状で立っているもの。その人間が一次試験の合格者だ。それ以外の人間はすぐに傷の処置を受け、この場から立ち去るように。以上」


 しっかりと救護はしてもらえるようだった。なんとも手厚いな。


「お疲れ様です」少し息を切らせたミラが話しかけてきた。「……アレスさん……ちょっと目立ち過ぎでは?」

「……?」周りを見ると、試験者たちが畏怖の目でアレスを見ていた。「……しょうがねぇだろ……向こうが仕掛けてきたんだから。手加減なんかしてたら殺されてる」


 ちょっとばかり騎士団長と渡り合いすぎたようだった。そりゃ人類最強と切り合いなんてしてたら一目置かれる。


「僕も見てましたけど……あなたたち、人間ですか?」

「さぁね」アレスは人間である。「案外……人間じゃなかったりしてな」

「そっちのほうが納得できますよ……」


 たしかにサヴォンの強さは人間離れしている。

 そしてサヴォン団長のあの言動……少し気になるな。


 ともあれ、


「まぁ……第一試験は通ったんだし、細かいことはあとにしようぜ」


 国王に会うという目的まで、もう少しだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る