第57話 こんにちはハジメマシテ

「では始めるぞ。騎士団の入団試験、開始だ。まずはこの戦いで生き残れ」


 言って、サヴォン団長が闘技場に飛び降りる。


 その直後に戦闘スタート。


 なかなかの盛り上がりだった。地面と空気が揺れて、アレスの内なる闘争心というものにまで届いたような気がする。


 さっさとやられるわけにはいかない。アレスは襲いかかってくる力自慢たちを適当に組み伏せながら、ミラの様子を伺っていた。


 ピンチになれば助けようと思っていたが、どうやらその心配はなさそうだ。ミラはまったく危なげなく相手を叩き伏せている。


 1つだけ心配なのは……ちょっと手加減が足りないかもしれない。相手は結構大怪我してるだろうが……まぁこの試験に志願するようなやつらだ。大怪我くらい覚悟の上だろう。


 しかしミラの戦いは美しい。まるで踊るような戦い方だった。華麗かつ実践的で、見ているだけで惚れそうになる。


 しばらくして、少しずつ参加者が減ってきた。とはいえ別に戦いが楽になるわけじゃない。残っているのが実力者ばかりになったということだから、結局は大変だ。


 そんな中、


「なかなかの実力者のようだね」サヴォン団長がミラの前に立って、「一つお手合わせ願おうか。どれくらい成長したのか……見せていただこう」

「……サヴォン団長……」もう正体はバレているようだった。「僕を始末するのが目的なのでは?」

「私には私の目的があるのですよ」……完全に国王側、というわけでもないらしい。「もちろんあなたを抹殺する司令は受けていますが……私にとっては重要ではない」


 サヴォン団長の目的……それはいったいなんなのだろう。考えても思い浮かばないが……

 

 ともあれ、団長が続ける。


「あなた相手にあまり手を抜くと、私が国王に怒られてしまいますからね……可能なら、全力を出しても始末できなかった……という結果がほしいのですが」

「では僕が……あなたの全力を引き出してみせましょう」言ってから、ミラは首を振る。「と、言いたいところですが……現状では力不足でしょう。あなたが相手だと……」

「しっかりと力量差が見えるようですね。素晴らしい」


 勝てない相手には挑まない、それが勝負の鉄則だ。そしてその鉄則を守るためには、相手の力量と自分の力量を見定めないといけない。

 過大評価してもいけない、過小評価してもいけない。しっかりと正確に力量を見る必要がある。そしてそれは言葉でいうほどたやすくない。


 サヴォンが言う。


「では……どうします?」

「そうですね……たまたま近くにいる強そうな人に押し付けます」言って、ミラはアレスの背後に回った。「アレスさん……恥を忍んでお願いします。サヴォン団長を任せていいですか?」


 そう来ると思っていたけれど……


「助けはいらないんじゃなかったのか?」

「だから恥を忍ぶんですよ」ミラだって自分の力でどうにかしたい。「それに……サヴォン団長はあなたの獲物でしょう? 僕が横取りすると怒られそうです」

「じゃあ俺がもらうか。悪いな、美味しいところをもらっちまって」

「ありがとうございます」ミラは殴りかかってきた男を蹴飛ばして、「では……武運を」

「そっちもな」


 それからミラはアレスのところを離れて、また戦いに身を投じ始めた。少しばかり心配だが、相手がサヴォン団長じゃない限りは大丈夫だろう。


 サヴォン団長は言う。


「再びお手合わせいただく機会があり、光栄だよ」

「再び? なんの話だ? 初対面だろ」

「ご挨拶だな……もっと適切な挨拶はできないのか?」

「こんにちはハジメマシテ。最高の騎士団長様とお手合わせできるなんて、至極感動の極みでございます」


 至極感動の極みって言葉は間違っている気がする。適当に言ったので意味はアレス本人にもわからない。


 ともあれ棒読みでいうと、サヴォン団長が小さくため息を吐いて、


「食えない男だね……」

「俺は美味しくねーぞ」

「キミとの会話は楽しいな」どこがだよ。「キミとは別の出会い方をすれば、良い友人になれただろうに」

「……かもな……」切磋琢磨するライバルになれたかもしれない。「今からでも遅くないぜ。絶賛友達募集中だ」

「遅くない、か……」団長の表情に影が差す。「キミにとってはそうかもしれないな。まだキミには輝かしい未来がある」

 

 よくわからない発言だった。


「……? そりゃアンタは俺よりは年上だが……まだまだ隠居するには早いだろ」


 一般的には若いほうだろうに。しかも騎士団長で英雄で、未来が輝かしいのはサヴォン団長のほうに思える。


「私には時間がない」サヴォン団長は剣を抜いて、「早くキミの全力を見せてくれ。手遅れになる前に」

「……なにを言ってるのかわからないけどな……」アレスも呼応して刀を抜く。「今回は全力でお相手できるぜ。手ぶらじゃないからな」

「普段使っている刀とは違うようだが?」

「それが気になるなら返してくれよ。この王宮にあるんだろ?」

「そうだろうな。だが……どこにあるのか、私も知らないんだ」


 ……騎士団長ですら……?


「……武器庫とかにあるんじゃないのか?」

「探したさ。伝説の名刀だからな」そんなに有名な刀だったのか……「しかし見つからなかった。おそらく国王がどこかに隠したんだろうな」

「……なんでだ?」

「あれほどの妖刀……人の目にさらすのは危険だと思ったのだろうね。あるいは……売って金にしたか」

「……売られてたら困るな……」


 そんな大金は持っていない。売るくらいなのだから相当な売値になったのだろう。


 ……まいった……やはり刀は肌身欠かさず持っておくべきだな。次からちゃんと手放さないようにしよう。


 サヴォンが言う。


「国王が隠したのなら……私には見つけられない。見つけられるとしたら同じく王族だったカイ王子くらいだろう」

「……なるほどねぇ……」探してきてくれ、ってのは酷な話だろう。「まぁ未練はあるが……しょうがないか」


 ないものはない。探したって見つからないのなら仕方がない。


 ……


 未練はあるけれど。

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