第48話 得策じゃない

 家から外に出ると……視界の端に、空を飛ぶ巨体を捉えた。


 遠くからでも感じるその存在感。羽ばたきによって生じた風が、アレスたちの位置まで影響を与えている。


 その巨体を見て、街の人々が悲鳴を上げ始める。全員がドラゴンから逃げるように恐怖の表情で走って逃げ出し始めた。


「……なんて巨大な……」ミラが少し怯んだ様子で……「噂には聞いていましたが……まさかあれほどの巨体だとは……」


 ミラが怖がるのも無理はない。アレスだって直接、肉眼で見える範囲にまで接近したのははじめてのことだった。


「……どこに向かってるんだろう……」テルがドラゴンを眺めながら、「……こっち、じゃあないね。王宮……でもなさそう?」

「別にどこでもいいんだろ。人間っていう食料が手に入れば」


 食料がある場所に飛んできただけだ。


 ドラゴンからすれば……ちょっと外食に来た、くらいの感じなのかもしれない。森の中のくだものや草も食べ飽きたので、たまには人間を食べよう。それくらいの感覚なのかもしれない。


 とにかく……


「ドラゴンはおそらく、どこかの街を襲うだろう。俺達はそこに行くけど……ミラはどうする?」


 逃げるなら今のうちだ。


「僕も行きます」覚悟は硬い、と。「街の人々が虐殺されるのを……見てはいられません」

「じゃあ……行くか」


 アレスとテル、そしてミラの3人はドラゴンのいる場所まで走り始めた。


 途中、多くの人々とすれ違った。全員がドラゴンに恐れおののいて、少しでも離れようと必死なようだった。


 走りながら、考える。


 ……


 もしもドラゴンが国王によって作り出された存在なら。もしもドラゴンを討伐して英雄になろうとしているのなら。


 だとしたら……今回は大きく街を傷つけるだろう。街を火の海にして、大暴れするだろう。


 そして大ピンチのときに、颯爽と現れる騎士団長サヴォン。サヴォン団長はドラゴンを討伐し、さらに人気を高める。ついでに国王の人気も上がる。


 それが国王の狙い。だとしたらさっさと倒さないと、サヴォン団長と鉢合わせすることになる。それだけは避けないといけない。


 まだ団長と戦うのは早い。時期尚早だ。もっと……戦うべき場面がある。


「暴れ始めたよ」テルが空を見上げて、「避難が終わってればいいけど……」

「……ある程度の被害は出そうだな……」


 すでに上空のドラゴンは暴れ始めている。空から巨大な火の玉を吐き出して、街の家たちを燃やしている。その中に人がいないことを祈るばかりだ。


 ドラゴンの場所に近づくにつれて気温が上がってきた。そりゃああれだけの巨大な火の玉を連発していれば、周囲の気温も上がる。


 汗が出てきた。少しばかり恐怖という感情が浮かんできた。それくらい危険な生物と対峙していた。


 ミラが言った。


「……僕たちが……もっと早くドラゴン討伐に行っていれば……」

「そりゃ無理な相談だ」理想論ってやつだ。「まだ俺のケガも治ってなかったからな。そんな状態で戦いに行ったら、俺達も食われて終わりだよ」

「……」

「いいか? 俺達が無事で生きて帰ってきただけで、3人の命が救われるんだ。自分の危険を増やして誰かを助けるのは得策じゃない」


 まずは自分たちの安全を確保することだ。それが重要。


 ……


 まぁ自分で言っておいてなんだが……アレスはテルに危険が迫っていたら、どれだけ自分の危険が増えようと行動するけれど。


「……わかりました」渋々だけれど納得してくれたようだった。「では……今現在戦いに行っているということは、勝算あり……ということですね」

「当然だ。死にに行く戦いはしない」勝ち目があるから戦う。基本的にはそうなのだけれど……「……まぁ……死ぬとわかってても戦わなきゃいけない時も、あるけどな」

「……自分の命より、なによりも大切なものを守るとき」

「そういうこと」


 さてというわけで……


 ドラゴン討伐、開始である。 

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