第46話 逃げないでよね

 さてしばらくメイドカフェで騒いで、


「お姉様……」メイドさんが少し呆れ顔で、「もう眠い? まだそんな夜中でもないけど……」

「……んにゃぁ……」よくわからん言語を発しているミラだった。「まにゃ……ふぁい……」

「……なに言ってるか、わかんないよー……」


 そのままミラは小さく寝息を立て始めた。


 かなり穏やかな寝顔だった。いつも苦しそうに眠っていたので、これくらい穏やかに眠れたのならメイドカフェに来た意味があったのだろう。


「……夜ふかしに慣れてないのかな……」メイドさんが膝枕して、「貴族のお姫様、とか? 明らかに所作とか作法がしっかりしてたよね。この辺の人じゃないし……この子、何者?」

「……さぁな……」一応ごまかしておこう。「悪い。寝かしといてやってくれ。いろいろあって……疲れてるだろうから」「ん……了解」


 といわけでミラのことはメイドさんに任せて、アレスは店内を見回す。


 夜になって、少し人が減ってきていた。お酒を出していない関係上、深夜はそこまで繁盛していない。とはいえ人はいるけれど。


 さて店内に声が聞こえてくる。


「テルちゃん」メイドの1人がテルに言う。「そろそろ休憩しなよ」

「え……? でも……」

「恋人が待ってるよ」

「……」テルはアレスを一瞬だけ見て、「そうですね……じゃあ、ちょっとだけ」


 テルは礼をして、アレスのところに小走りでやってきた。


「というわけで休憩するから……ちょっと2人になろうよ」

「……そうだな……」


 言われるがまま、アレスはテルについていった。


 テルは店の扉を開けて、外に出た。どうやら外で休憩するらしい。


 地下から階段で上がって、建物の外に出た。


 風の冷たい夜だった。星はキレイだけれど、見上げている気分ではない。しかし誰もいない夜の道というのは、少しばかり開放感があった。


「……気を遣われちゃったかな……」テルが建物に背を預けて、「落ち込んでるところは見せてないつもりなんだけど……」

「……そりゃこの店の連中の洞察力が高いだけだろ……」ニーニャの店で働いてるやつが愚鈍なワケがない。「なぁ……テル……」

「一応隠してるつもりなんだからさ……あんまり聞かないでよ、そのことは」

「……わかった……」


 隠しているならわざわざ暴くこともない。


 テルが笑顔に戻って、


「安心してよ。ミラのことを恨んでなんかいない。そりゃ獣人は処刑されるくらいの犯行をしたんだからね。すぐに殺されてしまうのは当然のこと。それは受け入れてる」

「……そうか……」

「でも……獣人が全部、凶暴だと思われてるのは……ちょっとだけショックだった」テルの言う、ちょっと、は信用できないな。「……秘密がバレたら……私、嫌われちゃうかな……」


 ……ミラに嫌われたくない……いや、ミラを傷つけたくないのだろう。だからテルは秘密を隠そうとしている。


 しばらく沈黙が流れた。その間も風は冷たいままだった。


「アレスは……ずっと私のことを好きでいてくれる? どんな秘密を抱えていても」

「ああ」即答できる。「もしもテルが世界を破滅させる存在だって言うなら、一緒に世界を壊すよ。もしもテルが無限の時間に閉じ込められるって言うなら、俺も一緒に行く」


 テルのいない世界など興味がない。本気でアレスはそう思っている。


「……いつも思うけど……アレスってヤンデレだよね」

「……恋人を助けるために王宮に乗り込んでくるやつが言えることか……?」

「それもそうだ」テルはアレスと正面から向かい合って、「私もだよ。私もキミのこと……一生愛し続けるって誓う」

「……ありがとう」


 世界で一番嬉しい言葉だ。


 それからテルはアレスに抱きついて、キスをした。それから震える手でアレスのことを抱きしめ続けた。


 しばらくして、


「……これって死亡フラグ?」

「……」……せっかく良い雰囲気だったのに……「安心しろよ。テルが危険な目にあってたら、俺がすぐ助けに行くから。安心して待ってろ」

「ありがとう」耳元でテルの熱っぽい声が聞こえてくる。「安心して待ってるよ。寝とくから……キスで起こしてね。ちゃんと唇だぞ。逃げないでよね」

「……テルって……意外とロマンチストだよな……」


 世間知らずでロマンチストである。アホと言い換えてもいい。


 ……


 ……


 テルを守る。そんなことは当然だ。ずっと前から誓っていることだ。


 だがもしも……相手がサヴォン団長だったら?


 ……


 それでも……勝つしかないだろう。

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