第44話 お相手するよ
その男が騒ぎ始めて、店内は静まり返った。
「マズくて食えたもんじゃねぇ」その男が皿を地面にぶちまけて、「やっぱ猫耳とかつけてると、知能とか味覚まで下がるんだなぁ……こんな料理で金とるのかよ」
十分に金が取れるレベルだろう。別に最高級とは言わないが、値段以上の味はある。
そんな無粋な輩を見て、ミラが険しい表情で立ち上がった。
しかしそれをアレスが止める。
「大丈夫だよ」
「ですが……」
「任せとけばいい」
この店にはあいつがいる。この手の輩の対応はあいつの仕事なので、邪魔をするのは野暮ってもんだ。
そいつ……メイドモードのテルが男の前に立って、
「お兄様……」まだ仕事モードで対応する。「お口に合わなかったのなら申し訳ないです。改善のために……どのようなところがいけなかったか、教えてくださいますか?」
……こうやって敬語で真面目に喋ってると、テルって美少女だよな……いや、普段適当に喋ってても美少女だけど。
「味が悪いって言ってんの……!」そんな大声出さんでも……「そもそも……なんだよその猫耳と尻尾。ふざけてんのか?」
「そういうコンセプトのお店ですので……不快にさせたのなら申し訳ないです」
「ああ、そうだよ不快だよ。俺は不快になった」男はテルを威圧しながら、「慰謝料、払ってもらおうか」
「……慰謝料、ですか?」
「ああ。俺がこうやって不快になって時間をムダにした……その埋め合わせをしてもらおうって話だ」
埋め合わせねぇ……正直に外食で口に合うだの合わないだの、そんなことはギャンブルだろう。口に合わなくても頼んでしまったのなら料金を払って帰る。そして二度と来なければ良い話。
「慰謝料はお支払いできませんが……1つ提案があります」
「提案?」
「はい。今日の料金は私が持たせていただきます。その代わり……二度とあなたはこのお店に来ない。その提案です」
本当は料金も払ってもらいたいのだろうけれど。しかし客の口に合わない料理を出したという店側の責任もある。だからこその折衷案。
だが……
「やだね」男はテルにツバを吐いて、「慰謝料をもらうまで帰らねーよ」
……強く出れば相手が下がってくれると思ったのだろう。
だがそんなものはテルには通用しない。
「……」テルは頬についたツバをティッシュで拭って、「こちらが慰謝料を払わなければ、どうなるのでしょう」
「そうだな……」男はワインボトルを床にぶちまけて、「暴れさせてもらう。修繕費が必要になる前に慰謝料を払っといたほうが身のためだと思うぜ?」
「……そうですか……どうしてもおかえりいただけない、ということでしょうか」
「だからそう言ってるだろ」
その瞬間、テルの口調が変わった。少し低めの、威圧感のある口調になった。
「だったら……もうお客さんじゃないよね」テルは肩を回して、「暴れたいならどうぞ。お相手するよ」
「はぁ……?」テルの変化に、男は一瞬たじろいでから、「なに言ってんだ……お前……」
「だから……暴れたいならどうぞ。その瞬間に反撃させてもらうけど」
「女風情が……!」
怒りに震えた口調で、男がテルに殴りかかる。
大振りの拳だった。威力はあるだろうが、そんなものを直撃されるテルではない。
テルは首をひねって男の拳を避けて、そして……
男の腹部に向けて深々と拳をねじ込んだ。
「……っ……!」
男は痛みのあまり声も出せずに失神したようだった。カクンと膝が折れて、そのままテルに担ぎ上げられた。
「うちはお酒は出してないんだけどなぁ……」テルは男を担いで店の外に移動する。「他のお店で飲んできたの? 酔っ払うのはいいけど……あんまり暴れたらダメだよ」
そういってテルは店の外に男を担ぎ出した。
……
相変わらず……手際の良いことで。
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