第42話 おとぎ話の中だけ
テルのことも心配だが、今回に限っては1人にしてあげたほうが良いだろう。そう思ってあとは追わなかった。
そうしてしばらくミラと組手を続けて、
「アレスさんは本当に強いですね……」ミラが言った。「サヴォン団長と組手をしている感覚です」
「最大級の褒め言葉をどうも」これ以上ない称賛だろう。「まぁ……今日はこれくらいにしとくか。疲れてきたし」
かなりの時間、組手をしていた。その間ミラの集中力はまったく途切れなかったのだ。おそらく相当な覚悟で組手をしていたのだろう。
「そうですね……ありがとうございました」ミラは深々と礼をして、「では……これからどうしましょう……」
「……そうだな……」ちょっと不安だが……「テルのところにでも行くか」
「テルさんのバイト先……ですか? どういったところなのでしょう」
「……行けばわかる……」
アレスはちょっと苦手な場所だ。しかし夜ふかしして騒ぐなら、結構安全な場所でもある。どこかのダーティな酒場より安全だろう。
というわけでテルのバイト先に向けて歩き始める。
そしてしばらく歩いて、
「ここだ。この地下にある」
階段を降りて、その場所にさらに近づいていく。
扉の前に立って、ミラが言う。
「こんなところにお店が……」
「……知る人ぞ知る店、って感じだな。結構人気あるけど」いつも満員に近い人気店である。「入ったら騒いで夜ふかしすることになると思うけど……平気か?」
「はい」なんか気合が入っているようだった。「はじめての夜ふかし……頑張ります」
「……頑張るもんじゃねぇけど……」
さっさと寝れば良いのに。
ミラは扉に書いてある文字を読み上げる。
「……『バレット』……お店の名前ですか?」
「そうだな」相変わらず似合っていない店名である。「じゃあ……入るぞ」
言って、アレスは店の扉を開けた。
その瞬間……喧騒が店の中から響いてきた。きらびやかな照明と甘ったるい匂い。そんな空気が漂ってきた。
そして店の店員がアレスに向かって、
「おかえりなさいませぇ! お姉様、お兄様!」
出迎えたのは猫耳をつけたメイドさんだった。そしてそんな格好をした女性が多く店内には存在した。
アレスにとっては見慣れた風景だが、
「……へ……?」ミラは目を丸くして、「……お姉様、とは……?」
「客のことだよ。客のことをお兄様、お姉様って呼んでんの」慣れてしまえば気にならない。「メイドカフェははじめてか……って、当然か」
もともと王子様として生きてきたんだもんな。そんな場所とは無縁だろう。
「メイドカフェ……これが噂に聞く……」噂には聞いていたらしい。「なんと……おとぎ話の中だけにあるのかと……」
逆におとぎ話にメイドカフェが出てくるのだろうか? 世界観ぶっ壊さない……?
さて眼の前のメイドさんが可愛らしいポーズを決めながら、
「久しぶりだねぇ指名手配犯様」
「……あんまり大声で言うな……」聖騎士がここに来るとは思えないが。「指名手配犯を店に入れていいのか?」
「いいよ。暴れたらぶちのめすだけだから」怖すぎるメイドだ……「それに……アレスのことだから、どうせなんか面倒事に巻き込まれてるんでしょ? ちゃっちゃと片付けてきなよ」
「……今回は身の潔白を証明するのは難しいかもな……」
「そうなの? アレス……アンタ相変わらずツイてないねぇ。また面倒事に巻き込まれてる」
ここでも勘違いされてしまっている。
「何度も言うが……俺は世界一ツイてる男だぞ」
「それ毎回言うけどさ……どこが? 私視点からすると、超ツイてない男なんだけど」
「……それこそどこがだよ……」
アレスは本気で自分の運が良いと思っている。
「まぁいいや。興味ないし」
じゃあ聞くなよ。
メイドは続ける。
「そんなことよりキミ、浮気? そんな美少女連れて……テルに言いつけるぞー」
「……そんなことしねぇよ……」浮気なら恋人のバイト先になんて来ないだろ……「とにかく……2人だ。こっちのお嬢様はメイドカフェ初めてだから、丁重にな」
「はーい」メイドは仕事モードに戻って、「お姉様、こっちだよ」
ミラはメイドの手に引かれるがまま、店内に連れられていった。
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