第41話 結局は獣
夜の空き地で、組手の音が響く。
かなり清々しい組手になった。少し肌寒いくらいの中での、軽い運動。傷のせいでお腹が痛むのが唯一残念だが、かなりの気持ちよさだった。
「なるほど……」アレスはミラの裏拳を受け止めて、「ずいぶんと修行してるみたいだな。誰に習った?」
わかっていたことだが、素人の動きではない。まったくムダな動きのない洗練された戦い方。さすがに師匠もなくこのレベルに到達するのは無理がある。
「サヴォン団長ですよ」だと思っていた。「あの人が英雄と呼ばれる前から……僕は彼を師事していました」
「……なるほど……師匠としての腕も超一流なわけだ」
ミラのセンスが良いのもあるだろうが、師匠の腕の良さも伝わってくる。
「そうですね……」ミラが回し蹴りを放ってから、「サヴォン団長は、人に戦い方を教えるのが好きみたいです。いろんな人にアドバイスをしていましたよ」
「後進の育成にも余念がないと……完全無欠だな」
まったく嫌になる。少しくらい弱点があってほしいものだ。
だが……ミラは言う。
「彼は……強者を欲していました。ですから後進の育成というより……自分が育てた強者と戦いたい、という感じだと思います」
「なるほどねぇ……」アレスは軽く反撃しながら、「団長は、なぜそこまで強者を求める?」
「なぜでしょうね」ミラは華麗な回避を見せて、「彼ほどの地位があれば、焦る必要はないでしょうに」
聖騎士団団長という立場を持ち続ければ、いつかは強者が見つかるだろう。そこまで焦る必要も感じない。
「全盛期のうちに戦いたい、って思ってるのかね……」
「そうかもしれませんね」自分が衰えて負けるのでは意味がないのかもしれない。「サヴォン団長は……アレスさんのことをとても気にしておられました」
「俺のこと?」
「はい。たぶん……サヴォン団長が求める強者の候補なのでしょう」
強者候補ね……
「……じゃあ悪いことしちまったな……」
無様に負けてしまった。
「どうでしょうね。まだ団長は……アレスさんに期待してる気がします」
「そうか? 失望させただろ」
「まだアレスさんは武器を持って戦ってませんからね。それに僕を気にしながら戦ってましたし」
「それでも実力差はあるよ」
「僕にはわかりません」
言って、ミラは正拳突きを放つ。威力を見るために両手で受け止めてみたが、
「おわ……」かなりの衝撃が伝わってきた。「なかなかの威力だな」
「……受け止められてますけどね……」それから話がサヴォン団長に戻る。「サヴォン団長は……ずっと待ってるんだと思います。自分と対等に戦える存在を」
……
その期待……答えてやりたいものだがな……
ミラは続ける。
「獣人事件のとき、サヴォン団長は少し嬉しそうでした。獣人という強者と戦えたことが嬉しかったんでしょうね」
獣人事件。
ハッキリ言って、あまり触れたい話題ではない。そう思ってアレスが思わず黙り込んでしまうと、
「……?」ミラが首を傾げて、「どうかしましたか?」
「いや……」
反応したのは、遠巻きに組手を眺めていたテルだった。
「獣人さんって……そんなに強かったの?」
「そう聞きます。当時のサヴォン団長が……今までで一番強かった、とおっしゃっていましたから。まぁ僕は当時、まだ子供だったので……よくわかりませんでしたが」
それはアレスも同じである。少なくとも子供時代のアレスでは手に負えない相手だった。
ミラが言う。
「サヴォン団長は……もしかしたら獣人さんを生かしておきたい、と考えたかもしれません。当時は唯一団長と戦える相手でしたから、さらに成長すれば団長を超えていたかも」
「でもまぁ……」テルが少し声のトーンを落として、「……生かしておくわけには、いかないもんね……」
「そうですね……」ミラは戦いの手を止めて、「これは一般には知られていないことですが……僕の母を殺したのは獣人です」
……
いきなり特大のカミングアウトが出てきた。
さすがにアレスも組手を止めて、
「……この国の女王様か? 病死だって聞いてたが……」
「それはウソですよ。本当は獣人に殺されています」
……
なぜそんなウソをつく必要がある? 獣人を作り出したのが国王なら、女王が殺されることだって想定内だろう。ならば人気取りに活用したほうが良かったのではないだろうか。妻を殺された悲劇の王様になったほうが良かったのではないだろうか。
それとも王女が殺されることまでは想定外だったのだろうか?
アレスが混乱している間に、ミラが言う。
「獣人を処刑したとき……批判もあったんです。話し合えば解決するとか、その戦力を有効利用しろとか……いろんな無責任な意見もありました」ミラは歯ぎしりをして、「でも獣人って……結局は獣でしょう。人を殺して、お母様も殺して……話し合いの余地なんてない。害獣みたいなものですから……さっさと殺しておけばよかった。そうすればお母様は……」
……
そう思ってしまうのも無理はないかもしれない。ミラからすれば獣人は自分の母親を殺し、国民たちを殺した憎き存在だ。
だけれど……この場でそれを言われると……
「さてと」テルが笑顔で歩き始める。「じゃあ、私はバイトに行ってくるね」
「……テル……」
「大丈夫大丈夫」そりゃお前はそう言うだろうけどな……「そうだ。組手が終わったらお店に来たら? 夜ふかし、初体験しちゃう?」
そう言い残してテルはバイトに向かった。
その背中が少しだけ震えていたのは、アレスの気のせいだろうか。
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