第37話 浮気はしない

 カイ王子、改めラーミ王女、改めミラが言う。


 すでに食事は終わっていた。ミラがなんとも行儀よく完食してくれたので、なぜか逆に申し訳なくなった。


「では、買い物に行ってまいります」ミラが立ち上がって、「リクエストはありますか?」

「なんでもいい……って答えるのは不誠実だよな……」せっかく聞いてくれているのだから、「そうだな……じゃあ、オムライスとか……」

「わかりました。では……行ってまいります」


 その背中を追いかけて、テルが立ち上がる。


「私も行くよ。アレスは指名手配されてるし……主に私がついていくことになると思う」


 そういえば指名手配だった。アレスの予想通り、国家転覆を企む大罪人扱いされていた。まぁしょうがない。


 ……場合によっちゃあ、この街ともおさらばかもな……そんなことをアレスは思った。


「じゃあ、行ってくるね」テルが手を振って、「ついでに……なんかいるものある?」

「……」刀は……しょうがないか。「いや、ないよ」

「刀は?」鋭すぎる……「武器でも買ってこようか?」

「……俺が今まで使ってたやつより、良いのがあればな」

「いらないってことだね」

「そういうこと」


 自分で言うのも何だが、今まで使ってきた刀は素晴らしいものだ。とある人物から受け継いだのだが、王宮においてきてしまった。


 やっぱりあの刀だけは預けてはいけなかったかなぁ……なんとも腰が寂しい。刀がほしい。とはいえあの刀以外は嫌だ。


「頑固なんだから……」

「一途だと言ってほしいね。浮気はしない」

「そりゃ安心」


 そう言い残して、テルとミラは部屋を出ていった。


 騒がしいのがいなくなると、部屋の中は一気に静かになった。他に誰もいないので当然であるが、ちょっとだけ寂しい。


 イスに座って、なんとなく天井を眺めてみる。


 ……最近はいろいろなことがあった。かなり屈辱的なこともあったし、なんとかして借りを返さないといけない相手もできた。


 やることが多くて混乱してくる。とはいえやらないという選択肢はない。なんとかしなければ……


 アレスが思考していると、


「鍵くらいかけたらどう?」ニーニャが部屋に入ってきた。「不用心やで」

「……俺が気配を感じないで部屋に入ってくるのなんて、お前くらいだよ……」大抵は足音やらで気がつく。「どうした? なにかあったのか?」

「ちょっとした世間話をしに来た」こいつの世間話は重いことが多い。「とりあえず……王宮の潜入はもうちょっと時間がかかりそうやね」

「ニーニャでも、か?」

「せやね。かなり警備が厳重になってる。つまり……知られたくないことがあるんやろね」


 知られたくないから必死に隠す。だからこそ知る必要がある。


「んで……世間話って?」

「うん。アレスくんは……獣人事件について、どこまで知ってる?」


 獣人事件。なるほど。その話題だから、アレスが1人のときに来たらしい。


「……サヴォン団長が英雄と呼ばれるキッカケになった事件だよな」

「そうそう。具体的には?」

「……獣人……半分獣、半分人間の生物が街で暴れまわった。誰も手がつけられなかった獣人を倒して英雄になったのがサヴォン団長」


 それからサヴォンは英雄と呼ばれるようになったのだ。


「せやね。んで……サヴォン団長と騎士団の名声はとても上がった。ついでに……国王の評判もあがったわけ」

「……聖騎士は国王が作り上げた集団だからな……」国王の人気が上がる理由もわかる。「……なにが言いたい?」


 今のままじゃ、本当にただの世間話だ。そんなことをニーニャがするはずもない。


 ニーニャが言った。 


「単刀直入に言えば……ってこと」

「……マッチポンプ……つまり、獣人は国王側だったってことか?」なんともおかしな話だ。「……その獣人は殺されちまったんだろ? 自分の命を賭けて、なんで国王の名声を上昇させる必要がある?」


 脅されていたのだろうか。家族でも人質に取られていたのだろうか。


「……アタシは……獣人事件の情報をちょうど集めとったんよ。解決できれば金になるから」お金大好きなのがニーニャである。「獣人が団長さんに倒されて……その処分方法が気になった。最終的には処刑やろうけど……拷問とかして、他の情報を引き出すのかと思ってた」


 他の獣人の情報やらを聞き出そうとする、ってことだろう。


 だが現実は違った。


 ニーニャが言う。


「……処刑は即座に行われた。それも秘密裏にね」

「そんなにおかしなことか……?」


 獣人は町の人々を殺していた。つまり大罪人だ。安全のために即刻処刑するのはおかしなことじゃない。


「アタシは……処刑の瞬間を見たんよ。王宮に忍び込んでた時期やから」忍び込めるあたり、さすがである。「んで獣人さんが処刑されて……驚いた。あれは

「……? なにが言いたい……?」


 ただの人間だったのだろうか。それが猫耳でもつけて暴れまわっていたのだろうか。


 しかし次のニーニャの言葉は……アレスにとって完全に想定外のものだった。


「あれは獣人じゃない。

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