メイドカフェと獣人事件

第36話 キミみたいな美少女が出歩いてたら

 王宮での冤罪事件。その事件から3日が経過した。


 現在地はアレスの自宅。


「ほれ、できたぞ」アレスは用意した料理をテーブルにおいて、「今日は、なかなかうまくできたはずだ」


 今日はカレーライスを作ってみた。アレス自身もまだケガが治ってないし、ラーミ王女だって同じ。だから食べやすいほうが良いかと思った。


 ちなみに……当然テルのやつは激辛にしてある。ほかは甘口だ。


「ありがとう」テルが笑顔で受け取って、「良い匂い……腕、上げたね」

「そりゃどうも」テルが笑顔になってくれるなら、練習してよかった。「ラーミもどうぞ」

「……ありがとうございます……」弱々しい笑顔だった。「……いつもごちそうになってばかりでは申し訳ないですので……今日の夕食は僕が作りますね」


 ありがたい申し出だが……


「……大丈夫か……?」


 肉体的なケガではなく、精神的なほう。


 あれほど崇拝していた父親に裏切られたのだ。精神的なダメージはとても大きいだろう。


「ハッキリ言って……大丈夫じゃないです」だろうな。「ですが……3日間、目一杯落ち込ませていただきましたから。そろそろ僕も動き出さないと……」


 なんともお強い方だ。アレスなら1年は塞ぎ込むだろう。信頼していた人間に裏切られるというのは、それほどダメージが大きいものなのだ。


 とはいえラーミ王女から動き出そうという気持ちになったのは良いことだ。


「じゃあ、夕食を楽しみにしてるよ」突っぱねる提案じゃない。「服装も変えたし……アンタがカイ王子だってことはバレないだろ」


 今のラーミはテルの服を着ている。テルのほうが若干背が高いのでサイズは合っていないが、かえってそれが変装には役に立っているだろう。


 そこでテルが言う。


「とはいえ……街を簡単に出歩くのは問題があるよね」

「……そうですか?」

「キミみたいな美少女が出歩いてたら、目立つ目立つ」


 アレスも同意である。


 ラーミは男装していた時期から、その美しさを隠せていなかった。


 もうラーミは男装をする必要はない。だからテルの女性用の服を着ている。


 テルはあまりファッションに頓着がある人間じゃない。だからかなり適当なファッションだが、それでもなおラーミ王女は隠しきれない美しさを持っていた。


 精神的に少し弱っているのも儚げな印象を加速させる。こんなのを街で見かけたら、10人中10人は振り返る。というか惚れる。


「では……どうすれば……」


 否定しないあたり、美少女の自覚はあるらしい。


「買い物に出るときは、私かアレスといっしょにお願い」


 テルの意見は簡単だ。もしも聖騎士たちにラーミ王女が見つかってしまうと厄介だから。間違いなく狙われるだろうから、護衛を付けていけ。そういう意見。


 しかしそれだと話題が重たくなるので、ちょっと冗談っぽく言っているだけである。


「……承知しました」ラーミ王女もそれを理解して、「では申し訳ありませんが……よろしくお願いします」


 今のラーミ王女を1人にするわけにはいかない。だからアレスかテルがついておく。そういう交渉は終わった。

 

 ついでに言っておく。


「思ってたんだが……ラーミって呼ぶのは危険だよな。王女と同じ名前ってのは目立つだろ」

「……そうですね……」もちろんカイと呼ぶのも論外だ。「では……ミラとでもお呼びください」

「……」ちょっと本名に近いが……本人の意志を尊重しよう。「了解。じゃあ……よろしくな、ミラ」


 カイ王子、改めラーミ王女……改めミラである。なんとも紛らわしい。3つも名前ができてしまった。


 ……


 政治的なゴタゴタで名前を強制的に変えられて、さらに自分自身すらも偽ることを強制された。ずっとそうやって生きてきた。


 その心の内は、どんなものなのだろう。アレスには想像もできなかった。

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