第32話 んなわけないだろ

 この国の王子様、カイ王子は聡明な人物だと聞いていた。

 

 実際に話してみても、かなり頭の回転が早い人物だ。それでいて温和で優しく、常に冷静な人物。


 そんなカイ王子が犯人の候補にたどり着かないわけがない。アレスが気づいていることにはカイ王子だって気づいている。


 今回の一件でもっとも怪しいのは国王だ。つまりは……カイ王子の父親である。


「……国王様が……?」女医のニーニャが目を丸くして、「……なんで? なんで国王様が息子である王子を失脚させようとすんの?」

「僕に商品価値がなくなったからですよ」カイ王子はベッドに座り直して、「僕が生きていても、もう意味がない。そう判断したんです」


 そう言ったカイ王子の表情は、なんとも悲しげなものだった。それでも、いつかこんな日が来ると覚悟はしていたのだろう。なんとか現実を受け入れているようだった。


 しかしその説明では、とある前提条件を知らないテルには伝わらない。


 ニーニャが言った。ニーニャはおそらく真相にたどり着いているのだろうが、あえて質問をしていた。


「……商品価値……?」

「はい。ニーニャさんなら、気づいているでしょう?」カイ王子は小さくため息をついて、「僕は女です。本当は……カイではありません」


 その言葉に驚いたのはテル。ニーニャはカイ王子の治療をした医者なので、当然性別についても気づいていただろう。


 だがテルは違う。


「え……? でも……」

「ずっと男として……カイ王子として生きてきただけです。本当は女で……名前はラーミです」


 カイ王子――ラーミ王女はそう言って自嘲気味に笑った。その笑みの中にどんな感情があるのか、アレスには読み取れなかった。


 ラーミ王女は説明を続ける。


「僕は……僕とカイは双子の兄妹きょうだいとして生まれました。しかし現在の王位継承権は男性にしかない……だから次の国王はカイになるはずだったんです」


 ラーミ王女の告白に、誰も口を挟めなかった。ただ重たい空気だけが病室に流れていた。


 ラーミ王女が続ける。


「ですが……カイは生まれてすぐに亡くなりました。ですが……父上は王位継承者を失うわけにはいかなかったんです」

「……」ニーニャがゆっくりと言う。「……だから……だから、亡くなったのは妹であるラーミ王女、ということになった」

「そういうことです。それから僕は……ずっとカイ王子として生きることになりました」


 本当の自分は死んだことになり、本来は死んだはずの兄としていきる。


 兄だけが求められた。兄だけが必要だった。兄さえ生きれいればよかった。そう告げられているようなものだった。


「最初はうまくごまかせてたんです。でもそれは子供の間だけで……すぐにボロが出始めました」だろうな。どうしても……カバーできないところはある。「そうして……王子が本当は女性、ということで脅されることが多くなりました。秘密をバラされたくなければ、言うことを聞け……そんなことを言われることも多くなりました」


 他の貴族様たちからすれば当然だろう。その秘密さえ知っていれば、王子様を自由に操れるのだから。


 ラーミ王女は続ける。


「そんな僕が……邪魔になったんでしょう。だから消したんです。ここまで僕の秘密がバレた以上、僕が王様になることはない。なのに他の貴族にはそれを利用される」歯ぎしりの音が聞こえた。「僕は父上にとって……邪魔なだけの存在になった。だから消すんです」


 だろうな。アレスもそう思っていた。


 今回の事件の首謀者は国王。そうじゃないと騎士団の団長を仲間に引き込むことなどできないのだから。


 黒幕が国王。そしてラーミ王女の父親であること。それはとても残酷な真実なのだろう。


 また空気が重たくなった。だけれど誰かが話しをしないといけない。そうしないと前に進めない。


 ニーニャが言った。


「次の国王様はどうすんの? 王位継承者は、もうおらへんやろ?」

「影武者でも用意してあるんでしょう。そしてその人は……男です」


 ラーミ王女が狙われた理由は1つだけ。女だから。ただそれだけ。


 そこで俺は疑問を口にする。


「サフィールが死んだことになる理由は何だ? カイ王子の失脚、あるいは死亡という事実が必要なら……カイ王子だけを消せばよいだろ」

「王子の名声を高めるためでしょう。貴族の間でサフィールさんの評判は最悪でしたから……」

「だからって……」

「サフィールさんは国家転覆を企んでいた。その粛清をカイ王子が行った。そんな事実がでっち上げられるんじゃないですか? 新しいカイ王子の武勇伝がはじまるわけです」


 国家転覆の大罪人。その計画を事前に見抜いて阻止した英雄になるわけだ。そのついでに……ラーミ王女を消してしまえば一石二鳥。


 あまりにも暗くなったので、冗談を言ってみる。


「じゃあ俺も、その英雄の仲間入りなわけだ」


 アレスだってサフィール殺害の犯人だと思われているのだから。


 だけれど……


「本気で思ってます?」

「……んなわけないだろ……」自然とため息が出る。「どうせ俺は……サフィール側の刺客だとか言われてるんだろ。国家転覆のために王子に取り入って、殺害のチャンスを狙ってた。そんな事実になってるんだろう」


 わざわざアレスを英雄にする必要などない。だって王宮にはサヴォン団長という英雄がいるのだから。


 ……


 まったく……


 ただのボディガードの予定が、とんでもない大事に巻き込まれたもんだ。

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