第29話 誰であろうとも許さない!

 激辛仮面、とやらはかなり上のほうにある窓にいた。


 その女は月明かりを背に立っていた。ヘンテコな仮面と帽子、そしていつも着ているロングコート。

 背中には長い棍棒を背負っていた。いつも思うが、あんな長いものを軽々と振り回すのだからすごい。


 ……


 しかし……あれで変装してるつもりなのか。いつもの格好に仮面をつけただけじゃないか。


 まぁナイスタイミングではあるが。


「ひとつ!」なんか語り始めた激辛仮面だった。「辛いのは料理だけで十分!」


 なにを言ってんだこいつ。口上とかしなくていいから。決め台詞を即興で考えなくていいから。


「ふたつ!」まだ続くのかよ……「人生は甘くて良し!」

「……なんだあいつは……」サヴォン団長が呆れていた。「アレスくん……頭のおかしいお友達がいるようだな……」


 友達ではないけれど。恋人だけれど。


「よっつ!」みっつはどこに行った。「私の恋人を傷つけるやつは、誰であろうとも許さない!」


 ……


 テル……


「むっつ!」

「早く降りてきてくれないか……?」

「あ、ゴメン……」

「いや……謝ることじゃない。ナイスタイミングだぜ」


 余計な口上を挟まずにすぐに来てくれたら、もっとナイスだった。


「ほ」気の抜ける掛け声とともに、テルは上部の窓から飛び降りた。そしてその勢いを利用して、「団長さん……!」


 サヴォン団長に向けて勢いよく棍棒を振り下ろした。


 その威力の凄まじさたるや。サヴォン団長は棍棒を両手で受け止めるが、


「……!」衝撃がサヴォン団長を通じて、地面にヒビが入った。「大した威力だ……」


 その威力は離れた位置にいる聖騎士たちすらも威圧する威力だった。


 そしてサヴォン団長とテル……じゃなくて激辛仮面は数発打ち合って、


「ずいぶんと恨みがこもった攻撃だな」

「そうだね……ちょっと、あなたには思うところがある。恨んでるっていうのは……違うかもしれないけど」


 ……テルはサヴォン団長のことを知っているのだろうか? てっきり初対面だとばかり思っていたが……


 テル……じゃなくて激辛仮面は棍棒をグルグル振り回して、横薙ぎの攻撃でサヴォン団長の顔を狙った。


 その攻撃はサヴォン団長に直撃して、


「げ……」テルのほうが驚愕していた。「無傷ってのは……ちょっとショックだね……」


 テルの攻撃は確かにサヴォン団長の頬に直撃した。


 しかしサヴォン団長はビクともしなかった。ただただ不敵な笑いでテルの棍棒を受け止めていた。


「……ここで倒すってのは虫が良い考えみたいだね……」テルがアレスに目線を送って、「アレス」

「了解」


 もう時間がない。アレスの出血量的に、動ける時間は残り少ない。


 幸いなことに騎士団の連中は激辛仮面にビビって動けなくなっているようだった。国を守る聖騎士団がそんな体たらくでは心配だが、今回は助かった。


 アレスはカイ王子を担ぎ上げて、背中に背負う。


 そしてそのまま力を振り絞ってサヴォン団長に突撃した。


 さっきは弾き返されたが、今度は1人ではない。激辛仮面が加勢してくれる。


 アレスが蹴りを放つ瞬間に、激辛仮面――もう面倒くさいからテルと呼ぶ――テルがサヴォン団長の背後に回り込んで足払いをかける。


 足払いを飛び上がって避けたサヴォン団長に向けて、テルの棍棒とアレスの蹴りが同時に襲いかかった。


 だが……


「良い連携だ」どちらの攻撃も、軽くいなされてしまった。「しかしまだ――」


 言葉の途中で、カイ王子の裏拳がサヴォン団長を捉えた。


 カイ王子が戦闘に参加してくるのはさすがに想定外だったようで、ダメージはなくとも動揺は誘えたようだった。


 しかしカイ王子もタフな人だ。聖騎士にやられて戦闘不能かと思いきや、いつの間にかアレスの背中から降りて戦闘に参加している。


 その隙は見逃さない。というか見逃したらここで全滅だ。


 ほんの少しだけ動揺したサヴォン団長に向けて、3人がそれぞれ最高威力の技を繰り出す。


 アレスは蹴り、テルは棍棒、そしてカイ王子は正拳突きである。


 岩でも蹴ったような感触だった。本当にこいつは生身の人間なのだろうか……? そんなことを一瞬だけ思った。


 鈍い音がして、サヴォン団長が壁まで吹き飛ばされる。3人がかりの最大攻撃でようやく後退させることに成功した。それほどの強敵だった。


「逃げるぞ!」


 アレスが叫んで、近くの窓まで移動する。途中で力尽きて膝をついたカイ王子を抱えて、アレスとテルは窓から飛び出した。

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