第26話 ずいぶんと姑息だな

 騎士団団長サヴォン。アレスが見てきた人間の中ではぶっちぎりで最強。


 そんなやつが全力でアレスとカイを捕まえようと襲いかかってくる。しかもサヴォンは完全武装状態で、アレスは素手である。


「アレスくん」サヴォンが一歩近づいて、「残念だよ。またキミとは戦うとは言ったが……まさかこんなに早くなるとはね」

「戦う必要なんて、本来はないんだけどな」だって冤罪なのだから。「見逃してくれないか? アンタも冤罪事件なんて起こしたら、団長人生が終わっちまうぞ」

「案ずるには及ばない。これは冤罪ではないのだから」引き下がるつもりはないようだった。「カイ王子およびアレス青年は貴族サフィール殺しの罪で投獄される。それはもう決まっていることだ」


 決まっていること……つまり、やはり誰かが筋書きを書いているということだ。


 その真犯人を見つけるまでは捕まれないな。


「アレスくん。いくらキミでも、この人数の聖騎士相手に――」


 話をしている暇はない。アレスはポケットに隠しておいた煙玉をその場で炸裂させた。


 一瞬にして目の前が煙に染まる。視界は真っ白だが、聖騎士たちの配置や応急の見取り図は頭に入っているから問題ない。


「逃げるぞ」アレスはカイ王子を担いで、「口、開けるなよ。舌を噛む」


 言って、アレスは跳躍した。そして取り囲んでいる聖騎士2、3人の頭を踏みつけて一気に包囲網を突破した。


 なかなかの緊張感だった。ガラにもなく心臓が高鳴っている。失敗したら二度とテルに会えないという事実が、アレスには重くのしかかっていた。


 絶対に逃げ切らないといけない。そうしないと……テルが牢獄に突撃してしまう。


 聖騎士の包囲網を抜けて、一気に窓から脱出……


 する予定だった。


「煙玉とは、ずいぶんと姑息だな」サヴォン団長がアレスの行く手を塞いで、「そんな回りくどいことをするから、いまだに無冠なんて呼ばれるんだ」

「アドバイスをどうも……!」アレスは勢いのまま、サヴォンに蹴りを放つ。「冤罪事件のほうが、よっぽど卑劣だと思うがな」

「これは冤罪ではない」サヴォン団長はアレスの蹴りを腕で受けてから、「この状況でも、まだやるつもりかい? カイ王子を抱えたまま、私とやり合うか? 背後には50人の聖騎士がいるが?」

「わかりやすい状況説明をどうも」


 今の自分の状況が絶望的だということは自覚している。


 目の前には人類最強。そして背後にはアレスたちを取り囲む50人の聖騎士。

 

 聖騎士たちだってザコじゃない。倒すことは可能だろうが、サヴォン団長がそれを黙ってみているわけもない。


 ……


 こりゃ絶体絶命かな。煙玉一つで逃げ切れるほど甘くはなかったか……そうアレスが思っていると。


「アレスさん……」カイ王子が言った。「……アレスさんは……サヴォン団長と戦って、勝てますか?」

「……厳しいな……」せめて武器があれば。あるいはアレスクラスの戦力がもう1人いれば……「……1対1ならともかく、今は他の聖騎士もいる」


 単純に51対1だ。しかも51のうちには人類最強も含まれている。


 カイ王子が言う。


「では……僕が50人を足止めします。アレスさんはその間に騎士団長を倒して道を作ってください」

「……はぁ……? なに言って……」この王子様……正気か……? 「相手は聖騎士50人だぞ……? 殺される可能性だってある」

「多少は鍛えているつもりです」

「多少って……50人相手に……」

「じゃあ僕がサヴォン団長と戦いましょうか?」


 騎士団団長と50人の聖騎士。


 どちらが強いかと言われると団長だ。やつは1人で数百人以上の戦力を持っているだろう。だからカイに任せるなら50人のほうだ。


 それでも渋っているアレスに向けて、カイ王子が言う。


「ほかに方法がありますか? それ以外に、この場を切り抜ける秘策があるんですか?」

「……それは……ないけどな……」……なんとも不甲斐ない。「すまん……ボディガードとして雇われたのに……」

「さすがにこの事態は想定外でしょう」カイ王子はアレスの腕から降りて、「そもそも……もう話している時間もありません。やるしかないんです」


 カイ王子の言う通りだった。目の前の聖騎士たちは様子見を終えて、今にも襲いかかってきそうだった。


「やりましょうか」カイ王子が一度屈伸をして、「僕が聖騎士を抑えてる間に、アレスさんはサヴォン団長を。長くは持ちません。お早く」

「……無茶を言う王子様だね……」それでもやるしかないのだ。「了解した。死ぬなよ」

「そちらこそ」

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