第25話 見つけないといけないんです

 薄暗い衣装室のど真ん中で、サフィールは倒れていた。


 周囲には大量の赤い液体。血……と言いたいところだが、匂いがない。おそらく赤いだけの液体だ。成分は知らない。


「さ、サフィールさん……?」しかしそれが血糊であることにカイ王子は気づかず、「どうして……」

「近づくな」俺はカイ王子の行く手を塞いて、「どうやら……はめられたらしい」

「は、はめられた……?」顔面蒼白、って感じの表情だった。「な、なにが……なにが起こってるんです……?」

「話はあとだ。すぐにこの場を――」


 離れなければならない。それはわかっていた。


 だが……


「キャー!」甲高い悲鳴が王宮の中に響き渡った。「ひ、人殺し……! 人殺し!」

 

 その悲鳴を聞きつけて、騎士団の連中と野次馬であろう貴族様たちが一斉に集まってきた。


 結果として……って状況なわけだ。


「キサマ……!」騎士団の1人が、「怪しい男だとは思っていたが……! まさかサフィール様を殺すなんて……!」

「おいおい……」通じるとは思えないが、一応弁明してみる。「俺達がこの部屋に入ったときには、もうサフィールさんは倒れてたぜ。そもそも……あれ血糊だろ。死んでねぇよ」


 本物の血の匂いなら嗅いだことがある。今回の赤い液体はまったく匂いが違う。


 だけれど……


「そんなこと、誰が信じる?」

「だよなぁ……」他の逃げ道も試してみよう。「俺達がやったなら、返り血が付いてるはずだろ?」

「衣装室の衣装と着替えたのだろう? だから衣装室で殺した」


 なるほど。だからサフィールは衣装室を冤罪現場に選んだわけだ。ちょっと侮っていたな。


「あ、アレスさん……」カイ王子が震える声で、「いったい……なにが……」

「……」嘘をつける状況じゃなかった。「誰かが俺達を、サフィール殺しの犯人に仕立て上げたんだ。俺達はまんまと引っかかっちまったらしい」

「……仕立て上げる……? 誰が、そんなこと……」

「……」見当はついているけれど……「そんなこと、俺にもわからねぇよ」


 まだカイが気づいていないなら好都合だ。いつか気がつくだろうから、今伝える必要はない。


 さて、どうしたものか。もうこの状況から冤罪を証明することは不可能だろう。


 ……サフィールがさっき突っかかってきたのも、この状況を作るためか。カイ王子とサフィールは言い争っていた……その状況を作り出すためだった。


 こうなったら……やることは1つしかない。


 逃げる。それしか選択肢はない。


 だけれど……さすがにこの人数に囲まれると、それも厳しいかもしれない。


「……50人はいるかな……」すでにアレスたちを50人ほどの聖騎士が取り囲んでいた。「……舞踏会の最中だったからな……警備兵も多かったのか……」


 ハッキリ言って50人くらいの聖騎士相手なら、アレスであればなんとかなる。


 問題は……


「残念ですよ。カイ王子」騎士団の団長、サヴォンである。「あなたがなぜ、このような凶行に走ってしまったのか……本当に残念です」

「サヴォン団長……」カイ王子は一縷の望みをかけて、「……これは冤罪です。僕は……僕はやっていません。信じてください」


 もしもサヴォン団長が味方なら信じてくれるかもしれない。そしてサヴォン団長が信じてくれたら、それは百人力だ。50人の聖騎士など相手にもならないだろう。


 だけれど……


「人殺しの上、無罪を主張しますか……」……なるほど……こいつも冤罪を着せたい側の人間か。「本当に残念だ。カイ王子……いや、殺人犯」


 サヴォン団長が味方ではない。自分をハメようとした人間たちの1人。それをカイ王子も理解したようだった。


「どうして……!」……カイ王子も、こうやって取り乱すんだな。「どうしてこんなことを……!」

「こちらのセリフですよ。いや……あなたの動機はわかっています。舞踏会場でサフィール様と言い争っていたのは、多くの人が目撃していますから」

「それは……!」


 言葉を止めて、カイ王子は一度目を閉じた。そして覚悟を決めたように深呼吸をして、


「アレスさん……」

「なんだ?」

「ここから逃げたいです」歯ぎしりが聞こえてきた。「……こんな事をした犯人を……僕は見つけないといけないんです」


 捕まってたら、犯人探しはできない。


「了解」依頼主に言われたのなら、全力でやるだけだ。「手荒になる。ケガの1つや2つは覚悟しておいてくれ」

「わかっています。真犯人を見つけるまで……僕は死ねませんから」


 ……腕の一本くらいは失っても良い、くらいの覚悟だな。


 それも当然だろう。ここまで大掛かりな冤罪事件を仕組まれたのだ。おそらく罪状は死刑。あるいはそれに準ずるレベルのもの。一生太陽の光が拝めないことは確実だ。


 だから逃げる。アレスとしてもこんな冤罪事件で人生は終えられないので、逃げるしかないのだ。


 ……


 問題は……


 目の前の騎士団団長様から、逃げ切れるかどうか……である。

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