第24話 なぜ僕のほうが

 しばらく、カイ王子は放心状態だった。ただ舞踏会の会場を虚ろな目で眺め続けていた。


 部外者であるアレスが口を出せる話題ではなかった。だけれど……それでもなお話を遮るべきだっただろうか。


 少しの時間が経過して、


「……すいません……少し、出かけてきます」

「……1人で? サフィールのところに行くのか?」


 カイ王子は弱々しい表情で頷いた。やはり王子として見過ごせる話題ではなかったのだろう。


「俺も行くよ。ボディガードだしな」

「ですが……この話題は……」

「……ここまで聞いちまったら、一緒だろ」

「……それもそうですね……」


 もう話の核心は見えてきているのだ。


 目の前のカイ王子は、本当はカイ王子ではない。男性ではなく女性だ。


 本当はラーミ王女なのだろう。その王女が兄であるカイ王子のフリをして生きてきたのだ。


 カイが女性なのはなんとなく気がついていた。それは直感に近いものだったけれど、正解だったらしい。


「……まぁ……正直言って、他の貴族たちにもバレ始めてましたからね……」

「そうなのか?」

「そうじゃなければ、あなたに匂わせたりしませんよ」バレていることが前提だったわけだ。「最初のうちは本当に隠し通そうとしてたんですけどね……でも所詮は子供の浅知恵……すぐにバレましたよ」


 女性が男性だと言い張って生きるのは難しいのだろう。だって別の生き物なのだから。


 カイ王子は頭痛でもするのか、軽く頭を抑えて、


「……いつかこんな日が来ることは覚悟していましたが……」覚悟があってもなお、怖いのだろう。「……サフィールさんがああやって行動してきた以上、なにかしらの思惑があるのでしょう。国家を揺るがすような……」


 暗くなってきたので冗談を言ってみる。


「案外……一目惚れしたってだけかもしれないぞ? 告白されるのかも?」

「そんな度胸は彼にありませんよ」ひどい言われようだった。「はてさて……なにをされるのやら」


 覚悟はできているようだが……


「ご要望とあれば、連れて逃げ出すけど?」

「問題はありません。慣れてますから」慣れたって恐怖は消えないだろう。「しかし……そろそろ潮時かもしれませんね。こうやって秘密に乗じて交渉をしてくる人が多くなりましたから」


 王子が女であることをバラす、そう脅迫されたのは今回が初めてではないのだろう。


 そして相手からしても、そんな弱みを持っている人間が王子であることはメリットがある。いくらでも脅せるから。だからカイ王子はこうやって王子でいられた。


 とはいえそろそろ潮時かもしれない。じゃあカイ王子はどうなるのか……そんな事は考えたくもないけれど。


 カイ王子は大きくため息をついてから、


「なぜ僕のほうが生き残ってしまったんでしょうね」

「……さぁな……」


 そんなことはアレスにはわからない。きっと誰にもわからない。わかるとしたら神様くらいだろうが、あいにくアレスは神の存在など信じていない。


「とにかく……行きましょうか」

「ん……ああ」


 アレスはカイのあとについて、舞踏会の会場の外に出た。


 一気に人が少なくなって、少しだけ肩の荷が下りた。やはりアレスはあんなきらびやかな舞台が苦手だ。これくらい静かで冷たい場所のほうが良い。


「指定の場所は衣装室でしたね」


 カイがアレスの燕尾服を選んでくれた場所だ。その場所にサフィールが待っている。


 なぜ衣装室などを選んだのだろう? 特段気密性が高いようには見えなかったが……


 ……


 まぁサフィールに話を聞けば疑問は解けるだろう。アレスはそう思っていた。


 そして衣装室の前にたどり着いて、


「サフィールさん」カイ王子が扉をノックして、「カイです。開けますよ」


 返事はなかった。もう一度カイがノックをするが、結局沈黙しか帰ってこなかった。


 ……いったいなにを企んでいるのやら……金持ちの考えることはよくわからん。


「開けますよ」カイ王子はもう一度だけ念を押して、扉を開けた。「サフィールさん……なんの御用――」


 言葉の途中で、カイ王子が息を呑んだ。

 

 衣装室の中には――


 血の海の中で横たわるサフィールの姿があった。

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