第19話 最強は1人で十分だから
いつの間にか観客が集まっていた。最強の騎士団団長と、唯一それに匹敵すると言われる無冠の帝王の戦いとなれば、そうなるのも必然だった。
「もう……!」唯一カイ王子だけは戦いに反対だったようで、「ちょっとだけですよ……!」
と、なんだか怒っていた。
それが正常な反応だろう。無責任に囃し立てている他の兵士たちのほうがどうかしている。ついでにテルがこの場にいたら、無責任に囃し立てる側の人間になっていただろう。
ともあれ戦闘開始。お互いに本来は剣士だが、ただの手合わせなので素手で十分である。
まずは小手調べとばかりにサヴォン団長が蹴りを放つ。アレスがそれを上体をそらして回避すると、
「良い反応だね」歓声の中、サヴォン団長が言った。「最小限の動きで危険を回避してる。なかなかできることじゃない」
「アンタに褒めてもらえて光栄だよ」それは素直な感想。「その調子で部下も褒めてやれよ」
「褒める所があればね」
褒めるところがない人間などいないだろうに。
ともあれ戦闘は続いた。相手の攻撃の隙を見て反撃、そして反撃に対してカウンターを放つ。どちらも一歩も譲らないハイレベルな攻防。
知らないうちに歓声が大きくなってきていた。どうにも騎士団は喧嘩好きの荒っぽい連中が多いらしい。
アレスの裏拳をサヴォンが右手で受け止める。
そして言った。
「ふむ……なかなか本気を出してくれないね」
「結構本気だが……?」ハッキリ言って、手加減する余裕などない。「それに……手を抜いてるのはアンタのほうだろ」
手加減されているのが伝わってくる。そりゃあもちろんただの余興で全力は出せないだろうが……
「キミ相手になら、全力を出すのも面白そうだが……」サヴォンはバックステップで距離を取って、「キミは……今まで全力で戦ったことがある?」
「……? そりゃ、あると思うが……?」
「本当にそうかな? 私が見る限り、キミにはまだまだ余力がある」そうは思わないが……「追い詰められないと実力が発揮できないタイプかな? 面倒くさいタイプだね」
「……そりゃどうも……」
なんか罵倒された。今も全力のつもりなのだが。
「無冠の帝王」サヴォン団長は言った。「そう言って挑発すれば全力を引き出せるかと思ったんだけど……どうやらハズレみたいだね」
「……何が言いたい?」
「怒らせればキミの全力が見られるかと思ったんだ」悪趣味な男だ。「でもキミの逆鱗は、無冠の帝王という名称じゃないみたいだね。本当は気に入ってたりする?」
「んなわけないだろ……」
無冠の帝王という名称は嫌いだ。それは本心である。
「じゃあ……キミをもっと怒らせるには、どうしたら良いんだろう」
「……俺を怒らせて、どうしようってんだ?」
「もちろん全力のキミと戦いたいんだよ」本当に悪趣味としか言いようがない。「今日のところは、これまでにしようか。今度のときは……もっとキミを怒らせる方法を考えておくよ」
……なんだコイツは……たしかに強者なのだが……
「……アンタと二度と合わないことを祈っておくよ」
「残念ながら、その願いは叶わない」
「なにを根拠に?」
「最強は1人で十分だから、だよ」答えになっていないだろう。「いつか必ず……キミとは決着をつける時が来る。そのときはよろしくね」
「……ああ……」
二度と出会いたくないけれど。
しかし……なんだか縁ができてしまった気がする。サヴォン団長とはまた出会う気がする。
そして戦うことになるのだろう。きっと避けられない戦いになる。
そうなったら……勝てないかもしれない。
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