第18話 ちょっとした余興

 騎士団団長サヴォン。その男と握手をした瞬間に、アレスの体は宙に浮いた。


 投げ飛ばされた、と気づくのに時間はいらなかった。結構な高さまで飛ばされて、カイ王子の驚いた顔が小さく見えた。


 アレスが空中にいる間に、


「な、なにを……!」カイ王子がサヴォン団長に詰め寄る。「サヴォン団長……!」


 アレスは着地して言う。


「気にすんなよ王子様。ちょっとした余興だ」

「よ、余興……?」

「団長様としては、ザコにボディガードは任せられない、ってことだろ」


 大切な王子様の護衛だ。そんな相手がザコでは困るのだ。


 だからちょっかいを出して実力を確かめてみる。それがサヴォン団長の目的。


 サヴォン団長はアレスに近づいて、


「冷静だね。もっと慌ててくれると思ってた」

「アンタが戦闘モードなのは気づいてたよ」だから嫌な予感がしたのだ。「それに……手加減してくれたみたいだしな」


 サヴォンが本気になれば、地面や壁に叩きつけることも可能だっただろう。


 だけれどサヴォンはアレスを空中に投げ飛ばすにとどめた。あくまでも腕試しであり殺し合いではない。サヴォンはアレスの対応力が見たかっただけだ。


 サヴォンは着地したアレスを見ながら、歩み寄る。


「一度、キミとは手合わせ願いたかった」

「……俺も……アンタのことはちょっと気になってたよ」

「それは光栄だね」サヴォン団長はあっさりとアレスの間合いまで入ってきて、「アレスくん。キミは……騎士団に入るつもりはないか?」


 なんとも突然の申し出だった。


「騎士団? 俺が?」

「ああ。私は最近……全力を出さなくなって久しい。全力を出せるような相手がいないからな」騎士団が全力を出せないというのは、平和であるということだろう。「キミのような強者がいれば、私の退屈も紛れるだろう。だから騎士団に入ってくれないか?」

「残念ながら興味ねぇよ」集団行動は苦手だ。「もっと後進の育成に力を入れるんだな」

「……育てがいのある若者がいなくてね……」


 騎士団団長が言っていいセリフじゃないだろうに。


 たしかに戦いにおいて素質というものは重要だ。だけれど……最初から諦めて育成しないのは良くないだろうに。


「まぁいい」サヴォンが構えて、「キミは剣士だと聞いていたが?」

「刀は預けたよ。騎士団団長様と違って、武器を持ち込める信頼はないんだ」

「ならば私も素手で相手をしよう」


 そう言ってサヴォンは腰に帯びていた剣を投げ捨てた。ガチャンと大きな音を立てて剣は地面に捨てられた。


 ……武器はもっと大切に扱ってほしいものだ。


「さて、行くよアレスくん」完全にやる気だな……「無冠の帝王の実力……見せてもらおう」

「……だからその呼び方はやめてくれよ……」

「私に勝てたらな」

「なら頑張っちゃおうかね」


 アレスとしてもサヴォン団長の実力は気になっていたのだ。


 だから戦うことに異論はない。だけれど……


「おふたりとも……」カイ王子がオロオロと、「こんなところで戦わなくても……」

「ご安心を」サヴォン団長が言う。「装飾には被害は及びませんよ。ただのちょっとした余興でしかないのですから」

「ですが……」


 カイはアレスのことを心配しているようなので、


「俺も心配いらねぇよ」全力で戦ったりはお互いにしないだろう。「俺はダンスは苦手だが……ケンカなら得意なほうだ」


 むしろ、それしか得意なことはないだろう。


 というわけでVS騎士団団長サヴォン。開始である。

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