第16話 俺は踊る予定はねぇけど

 舞踏会とやらのボディーガードとして参加するための衣装。それを探しに衣装室に来たのだが。


「お似合いですよ」カイが嬉しそうに、「凄腕の使用人、って感じです」

「それ、褒められてるのか……?」


 たぶん褒めてくれているんだろうけれど。


 アレスが着せられたのは、真っ黒の燕尾服だった。おそらくかなりの高級品で、着心地は最高クラスである。だからこそ肩身が狭くなってしまう。


 まぁ王族の舞踏会に参加するのなら、これくらいの服装は必要なのだろう。アレスは堅苦しい衣装は苦手なのだが、我慢することにした。


「ちなみにアレスさんは、ダンスはお得意ですか?」

「得意に見えるか?」

「見えますよ」


 燕尾服のせいだろ。


「残念ながら、やったことねーよ」

「そうですか……それは残念です。あなたと踊ってみたかったのですが」


 ……舞踏会って男女で踊るものでは……? 男同士でも良いのか?

 

 そんなことをアレスが思っているうちに、


「では参りましょうか。舞踏会までもう少し時間がありますが……会場の下見でも」

「……そうだな……」


 逃走経路やらは確認しておいたほうが良いだろう。どこから狙われやすいかとか……いろいろと確認することがある。


 というわけで今度は舞踏会の会場を目指して歩き始める。燕尾服だけがどうにも違和感だが、まぁ慣れるだろう。


 さて豪華な扉の前にたどり着いた。おそらくここが会場なのだろう。


 カイ王子は扉の前の警備兵に声を掛ける。


「会場の下見に参りました。こちらは今回の護衛のアレスさんです」

「……アレス……」警備兵はアレスを見て、「無冠の帝王ってやつか」


 またその名称か……


「その名前はあんまり好きじゃねぇ。まぁ……呼ばれても仕方がないけどな」

「そうか」別に世間話をするつもりはないようだ。「武器は置いていってもらうぞ。その腰の刀だ」

「……武器もなく守れって?」

「武器ありで踊るつもりか?」

「……俺は踊る予定はねぇけど……」あくまでもボディガードである。「どうしてもダメか? 結構お気に入りの刀なんだが」


 なくなったら困るし、悲しい。


 だからできる限り自分で持っておきたいのだが、


「ダメだ。置いていってもらう」まぁそりゃそうか……「お前のような怪しい人間のことだ。ボディーガートと見せかけて、誰かを襲うつもりかもしれん」


 警備の言葉に噛みついたのはカイ王子だった。


「失礼ですよ。言葉を慎みなさい」

「はいはい……」やる気のない兵士だなぁ……「とにかく、刀は預けていけ。保管はしてやるから、終わったら取りに来い」


 ……ここで抵抗しても意味はないだろうな……刀を手放すのは不安だが、依頼の遂行のほうが重要だろう。


「はいよ」アレスは刀を兵士に渡して、「丁重に扱ってくれよ」

「善処しよう」


 それだけ言って、兵士は舞踏会場の扉を開けた。


 刀をなくすのは不安だが……まぁなんとかなるだろう。

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