第13話 依頼料の交渉もせずに、ですか?

 カイ王子の頼み。


 自分のボディガードになってほしい。


「……いや……なんでだ?」意味がわからない。「……なんで俺? アンタには今も護衛が付いてるだろ?」


 後ろにいる屈強な兵士たちである。見るからに実力者で、実はアレスと戦っても良い勝負になるだろうと思われる。


「実を言いますと……父上の命令なのです」

「父上……国王様か?」王子の親なら、大抵の場合国王だろう。複雑な家庭環境を除いて。「……国王様が俺をアンタのボディガードに指名した、ってことか?」

「はい。その通りです」


 間違っていてほしかったけれど。


「なんで俺なんだ? 騎士団長とかに頼めば良いだろ?」

「……ハッキリ言って、僕も父上の意図が読めません」親子でも意思疎通できないことがあるのだろう。「ですが……父上の指示である以上、なんらかの考えがあるのでしょう」

「ふーん……信用してるんだな、父親のこと」

「はい」完全に信頼している目だった。「父として、人として、国王として……僕はあの人のことを尊敬しています」

「なるほどねぇ……」


 アレスは自分の父親というものに会ったことがないので、いまいち伝わってこない感情だった。


 とはいえカイ王子が父親を崇拝しているのわかった。


 しかし……


「とは言ってもな……いきなりボディガードだとか言われても……」

「もちろん謝礼金はお支払いします。金品だけでは誠意が足りないことは自覚していますが、こちらが支払える経緯は金品しかありませんから」


 いくらお礼を言われたって意味はない。結局は金。たしかに正しい言葉だ。


「ボディガードってのは……永続的に? それとも一時的?」

「一時的です。1週間後に舞踏会があるのですが……その1日で良いんです」

「1週間後、1日……」ここは正直に言おう。「失礼ながら胡散臭いな」


 突然アレスのような一般人に白羽の矢が立つのはおかしい。さらに1週間後に1日だけ。そんな依頼は怪しい。


「胡散臭いのも自覚しています」カイ王子は一瞬だけ視線をそらして、「……父上は……いったい何を考えているのでしょう。なぜこんなことを……」


 王子にも知られていない目的が王様にはあるようだ。

 

 わからない。わからないことだらけだ。


 カイ王子は真剣な表情のまま、


「やはり……無粋な頼みでしたよね。申し訳ありません。今回の依頼のことは忘れてください」

「……」まだ断るとも言っていないが。「まだ質問がある」

「なんでしょう」

「なんで王子が自らスカウトに来た? 部下でも寄越せばよかっただろ」


 誰が伝えたって情報は同じだ。


「それも父上の命令です。『アレスという人物は最大級の敬意を払う相手だ』とのことです」

「……その敬意が王子を交渉に出すことか……」だったら自分で来い、という言葉を飲み込んで。「わかった。引き受けよう」


 アレスがあっさり言うと、カイ王子は驚いた声で、


「え……? 良いんですか?」

「ああ。せっかくの王族からの依頼だからな。相当な依頼料が貰えそうだ」


 適当な建前を言うと、カイ王子が安堵したように笑った。


「依頼料の交渉もせずに、ですか?」こうして笑顔を見ると、本当に美少年だ。「ありがとうございます。必ずや……納得の行く誠意をお見せいたします」

「ああ、期待してる」


 別に誠意もお金もいらないけれど。


 アレスが気になっているのは国王の本心である。あまりにも謎が多すぎて興味が湧いてきたのだ。


 依頼を引き受けた理由はそれだけである。

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