第9話 正反対ですなぁ……

 アレスは基本的にテルに対して全面的に惚れている。そんな中でも特に好きなのが、


「……美味しい……」とても幸せそうに食事をするところである。「相変わらず絶品だねぇ……」

「……そうだな……」実際にこのお店の料理はうまい。だから来ているのだ。「……毎回聞くが……辛くないのか……?」


 テルが頼んだのは激辛ラーメンである。見るからに辛そうな赤い色合いのラーメンで、見ているだけで喉が焼けそうである。


「私は辛いのが好きだからね」限度があるだろう。「食べる?」

「……まだ死にたくねぇよ……」


 食べたら命に関わりそうだ。


 今度はテルが言う。


「逆に聞くけどさぁ……それ、甘くないの?」


 アレスが食べているのは見るからに甘そうなパフェである。それもかなり巨大で、おそらく1人で食べることは想定されていない。


「俺は甘いのが好きだからな」テルとは正反対である。「食べるか?」

「私は甘いの苦手」それは知ってるけれど。「食事の好みは正反対ですなぁ……」

「……そうだな……」

 

 アレスは甘いものが好きで、テルは辛いものが好きなのである。


 とはいえ、


「まぁ、合わせる必要はないよね」テルの言うとおりである。「でも、食べたくなったらいつでも言ってね」

「だからまだ死にたくねぇよ……」


 そんなものを食べてピンピンしているテルはどうかしている。明らかに人間が食べる辛さのものじゃない。というか生物が食べるものじゃない。


 ともあれ食事を続けていると、


「おう、来てやったぞ」酔っ払いの声が聞こえてきた。「聖騎士様を盛大にもてなせ」


 いきなりインパクトのある登場をするやつだった。思わずチラッと入口のほうを見てしまった。


 店の入口には銀色の鎧を着た男3人が立っていた。昼間から酒を飲んでいるのか、赤い顔で千鳥足状態である。


 聖騎士を自称している男たち。格好を見る限り本当に聖騎士に見えるが、もしかしたら名乗っているだけなのだろうか。


 その聖騎士たちが入ってきて、店内は静まり返ってしまった。客の全員が一様に下を向いて、聖騎士たちと目を合わせないようにしているようだった。


「相変わらずシケた店だなぁ……」聖騎士たちは大きな足音を立ててカウンター席に座り、「おい。この店で一番高い酒を出せ」

「……了解……」店主が営業スマイルで、「ずいぶんとうちを気に入ってくれたようですね。最近、よくいらっしゃる」

「気に入る? こんな汚い店を?」清掃は行き届いているけれど。「冗談言うなよ」


 じゃあなんで来てんだよ、とアレスが心の中でツッコむ。それを察したわけじゃないだろうが、聖騎士が続けた。


「ちょっとした人探しだよ。そいつがこの店の常連だって聞いたんでな」

「人探し……? どんな人物をお探しで?」

「無冠の帝王、って呼ばれて調子に乗ってるやつだ」


 無冠の帝王、という言葉を聞いて、店内の客が一瞬だけアレスに視線を集めた。この店の人間は全員がアレスの通称を知っているのだ。


 その変化を感じて、聖騎士が言う。


「なんだお前ら……? 無冠の帝王ってのがどこにいるのか知ってるのか?」


 どうやらアレスが無冠の帝王本人であるとはバレていないらしい。


 このまま無視していれば面倒事には巻き込まれずに済むかもしれない。


「答えろよ……!」聖騎士がテーブルを叩いて威圧する。「またイスでも壊してやろうか? こんな感じでな!」


 言って、聖騎士は近くのイスを蹴り飛ばした。イスは大きな音を立てて壁に叩きつけられて、バラバラに砕け散った。


 ……なるほど……こんな感じで暴れたせいで、テルの座ったイスは壊れたわけだ。中途半端にヒビでも入っていたのだろう。


 ともあれ……お気に入りの店を壊されて黙っているわけにもいかない。


 そう思ってアレスが立ち上がった瞬間だった。


「やめろ」店主が首を振る。「これはうちの店の問題だ。お前が背負うことはない」


 聖騎士と揉めると、後々アレスが面倒なことになる。それはわかっている。


「別に店の問題に口を出すわけじゃねぇよ。こんなのが暴れてると、食事がマズくなるってだけだ」


 あくまでも自分のためである。人助けなんてするつもりもない。


 ただ……


 この店には世話になっている。ただそれだけの話である。


「というわけで聖騎士さん」アレスは聖騎士に向けて言う。「俺になにか用があるのか?」

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