第8話 うぃー
近くの飲食店に入ると、さっそく店主の声が聞こえてきた。
「いらっしゃい……って、なんだアレスとテルか……」
「ご挨拶だな……」入店するなりガッカリされるとは。「一応、客だぞ。金も払ってるだろ」
「そうだけどな……なんか見飽きた」
「……常連に対してなんてことを……」
見飽きてしまうくらいに入店しているということだ。ならば店主としては嬉しいだろうに。
ともあれ、テルが隣で言う。
「いつもの大盛りで」
「了解したけどな……」店主がドン引き顔で、「毎回言うが……アレは人間が食べるようなものじゃないからな? 普通の人間が食べたら死ぬぞ?」
「……そうなの……?」自覚がなかったらしい。「え……? なんか私、おかしい……?」
「ああ」即答した店主だった。そしてアレスも同意見だった。「まぁ美味しそうに食べてくれるから良いけどな……」
なんやかんやありつつ注文を済ませる。アレスもいつもと同じものを注文して、席に向けて歩き始める。
その途中、
「おうアレス」店の中の酔っぱらいが言う。「この間、ばあちゃんの猫を見つけてくれてありがとな」
「もう逃がすなよ……?」思い出すだけで疲れる事柄だった。「次は見つかるとは限らないからな?」
「ああ。ばあちゃんに伝えとくよ」
会話を終えるなり、次はカウンターに座っていた女性が、
「テルちゃんテルちゃん。ちょっと部屋の模様替えをしようと思ってるんだけど……タンス運んでくれない?」
「了解。ヒマなときに行くよ」テルは笑顔を見せて、「腰は大丈夫? あんまり無理しないでね」
その会話が終わると、今度は店の奥の方に座っていた男性が言った。かなり酔っ払っているようで、ろれつが怪しかった。
「アレスぅ……! 家の草むしりしてくれよぉ……」
「自分でやれよ……俺は便利屋じゃないんだぞ……」
「そんなこと言って……なんだかんだやってくれるんだろ? 断れない男だからな」
「……」断ってやりたい。「わかったわかった。ヒマなときに手伝いに行く。だけど……アンタもやれよ」
「うぃー」
肯定なのか否定なのかわからない返答をして、酔っぱらいは再び酒を飲み始めた。
そしてアレスとテルはようやく席にたどり着いて、
「俺達っていつから便利屋扱いされ始めたっけ……」
「……さぁ……気がついたときには」アレスが断れない性格だから、いろいろ頼まれる。「まぁ……ヒマだから良いんだけどね。喜んでくれると、こっちも嬉しいし」
「……それはそうだな……」
さてテルがイスに腰掛けると――
「――うひゃ……!」
情けない悲鳴が店の中に響いた。
テルの座ったイスの足がポッキリと折れて、テルが尻餅をつきそうになる。
「おっと……!」アレスがテルの手を取って、「大丈夫か……?」
「あ……ありがとう……」テルはかなり驚いた様子で、「あービックリした……急にイスが壊れるとは……」
座っただけでイスが壊れた。別に勢いよく座ったとかじゃないので、おそらくイスの寿命だったのだろう。
「悪い……!」店主が血相変えて飛んできて、「スマン……! 店の備品は点検してたつもりなんだが……!」
「大丈夫大丈夫」テルが笑顔で答える。「アレスが助けてくれたし」
「いや……だが落ち度はこちらにある」それはそう。「今後はこういったことがないように気をつける」
「うん……」テルはコートに付いたホコリを払って、「でも珍しいね。イスの足が折れるなんて……」
ここの店主は口は悪いが、備品やら衛生管理はしっかりしている。その店のイスが壊れるとは驚きである。
「ああ……しばらく前に聖騎士団が暴れていってな……」
「……聖騎士団……」テルが肩をすくめて、「……結構暴れん坊が多いのかな……」
聖騎士団は英雄視されつつも、各地で問題も起こしていると聞く。もちろん問題のほうはもみ消されることが多いけれど。
「だが言い訳にはならねぇ」真面目な店主である。「今日はサービスさせてくれ。そうしないと俺の気が済まん」
というわけなので今日の料金は半額にしてもらえた。
店主はタダにすると言って、テルとアレスは全額払うと言って譲らなかったので、結局半額になったのだった。
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