第6話 だからダメだってぇ……!

 しばらく取り調べを受けて、


「さて……こんなものかな」グレイスが紙の束をまとめて、「今日は悪いことをしたね。それと……子供たちを助けてくれてありがとう」

「だから通りすがっただけだって……」

「だとしても子供たちが助かったのは事実だろう?」それはそうだけれど。「とにかくお礼を言わせてほしい。キミは警察に助けられなかった子供たちを助けたんだから」


 そう手放しに褒められると照れくさい。皮肉の1つや2つ言ってくれないと逆にモヤモヤする。


「これで今日は終わりだよ。さっさとお友達に会いに行ってあげたら?」

「友達……テルのことか?」

「そうだよ。彼女の取り調べも揉めてるらしいから……僕も行くよ」


 取り調べで揉める……それはテルの得意技だ。アレスの得意技でもあるけれど。


 テルが揉める理由は毎回1つだ。基本的には取り調べに対して素直なのだが、とある一点だけ毎回揉める。


 というわけでグレイスに連れられてテルの取調室に行く。


 格子越しにテルの取り調べを眺めてみると、


「早く帽子を外せ……!」若い警察官がテルの帽子を力ずくで引っ張っていた。「なにか隠しているんだろう……!」

「それはダメぇ……!」テルは頭を押さえつけて、なんとか帽子を死守していた。「この帽子、お母さんの形見だからぁ……!」

「すぐ返すと言っているだろう……! なにか隠してないか調べるだけだ……!」

「だからダメだってぇ……!」

 

 またやってる。もはや日常風景だ。


 俺の隣にいるグレイスが、


「……そんなに大切な帽子なの……?」

「母親の形見なのは本当らしい。まぁ帽子を取られたくない理由は別にあるんだろうけどな」

「その理由っていうのは?」

「本人が隠してるからな。聞いたことはない」


 なんとなく察しはつくけれど。野暮なので詮索はしない。


 ちなみにテルが取調室で揉める原因は帽子かコートである。テルはその2つを取られることを異常に嫌う。特定の場所では取り外すのだが、警察には見せたくないところらしい。


 ともあれ……今回の取り調べをしている警察官は頭に血が上りやすいタイプらしく、


「言うことを聞け……! ガキのくせに……! 警察の言うことが聞けんのか!」

「そっちがセクハラしてきたのが原因でしょ……」……セクハラ……? 「取り調べで全裸になる必要があるの……?」

「だから武器を隠し持っていないかどうか確かめるんだ……!」

「武器を持ってたらとっくの昔に出してるよ……」


 さっさと武器を使って暴れている。こんな場所まで黙ってついてくる必要はない。


 しかし警察官としても武器の有無を確認しないわけにはいかないのだろう。もしかしたら服を脱がす必要性もあるのかもしれない。


 しかし……


「おい」アレスは取調室の扉を開けて、「帰るぞテル」

「あ……」テルはパッと笑顔に戻って、「了解」


 テルは小走りでアレスに近寄って、帽子を深く被り直した。


 それを見ていた若い警官が、


「お、おい……! まだ取り調べは――」

「終わってるよ」グレイスが鋭い声で、「子供たちの証言が取れたから、無罪放免だって言ったよね?」

「……」


 若い警察官は舌打ちをして、取調室を出ていった。この警察官もまた扉を乱暴に閉めるタイプだった。


 思わずアレスは言った。


「最近の警察はこんなのばっかりか?」

「……申し訳ない……」落ち込ませてしまった。「……注意はしてるんだけどね……僕みたいな新参者の老人の言うことは、なかなか聞いてもらえなくて……」

「……アンタも大変だな……」


 人の上司になるというのは大変なことだ。アレスには絶対にできない。当然テルにもできないだろう。2人ともアホなのだ。


 それから一応聞いておく。


「なぁ……さっきの若い警察官は――」

「厳重に処分しておくよ」意思は伝わったようだった。「そんなセクハラ発言、許されるわけがないからね。近い内にクビになると思うよ」

「それは助かる」


 処分がないならアレスが手を下すところだった。


「処分はするけど……もしかしたらキミたちに逆恨みをするかもしれない」

「その時はこっちで対処するさ」


 襲いかかってくるなら返り討ちにするだけである。まだテルにセクハラしたお礼が済んでないからな。


「じゃあな、世話になった」アレスはグレイスに言う。「アンタとはまた会いそうだな」

「そうだね……そんな気がするよ」気が合いそうだ。「じゃあね帝王さん」


 帝王。無冠じゃない帝王。


 早いところ他の人間たちからもそう呼ばれたいものである。

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