第2話 無冠の帝王の実力

 大男たちが怒声を上げてアレスに飛びかかる。


 勝負は一瞬だった。10人の大男たちが1人ずつ、あっさりと倒されていった。


「グ……!」リーダー格の大男が壁に叩きつけられて、「なるほど……無冠の帝王ってのは伊達じゃないみたいだな……」

「だからその名称で呼ぶなって……」悲しいことに浸透しているらしい。「アンタら……これに懲りたら人さらいなんてやめろよ。アンタらくらい腕っぷしがあれば、もっと稼ぐ方法はあるだろ」


 傭兵やらボディガードやら。もっと実力を生かせる仕事があるだろうに。


 しかしそんな忠告など、人さらいが聞き入れるわけもない。


「なに偉そうに説教してんだ……どうせお前はもう終わりだよ」

「お仲間は9人全員気絶してるが?」


 意識を保っているのはリーダー格の男だけだ。


「そろそろ引き渡し相手が来るはずだ。そっちの組織は俺たちより強い」

「ご忠告どうも。でも問題ない。もう終わってる頃だ」


 アレスがそう言い終わった瞬間に、


「お邪魔しまーす」あっけらかんとした女性の声が聞こえてきた。「こっちは終わったよー」

「お疲れ、テル」アレスは女性――テルを見て、「……なんでそんなずぶ濡れになってんだ……?」


 ずぶ濡れの女性……テルと呼ばれた女性は18歳くらいの女性だった。


 スラッとした体系に短めでボーイッシュな髪の毛。いかにも運動神経が良さそうな女性。


 頭には帽子を被り、床につきそうなくらいブカブカの黒コートを着ていた。それがテルの基本スタイルである。いつもこのファッションなのである。


 テルは部屋に入りながら、


「急に雨が降ってきて……」

「……げ……傘持ってきてないぞ……」濡れるのは面倒だ。「とにかく……ケガはないか?」

「うん。そっちは……大丈夫みたいだね」テルは屈託のない子供みたいな笑顔で、「さすがアレスだね」

「……おう……」個人を褒められると嬉しい。「そっちはどうだ?」

「こっちも問題ないよ。受け渡し相手はもうここには来ない」


 テルはアレスと別れて、受け渡し相手のほうに行っていたのだ。そしてそちらも全滅したようだ。


「というわけだ」アレスはリーダー格の大男に向き直って、「そろそろ警察が来るだろう。これに懲りたら足を洗うんだな」

「その必要はねぇな……!」テルと会話している間に、大男が銃を取り出していた。「わざわざ弱い女が出てくるとはな……!」


 言うが早いか、大男は銃を発射した。


 狙いはテルだった。テルの額めがけて銃弾は一直線に飛んでいった。


「一応言っとく」アレスが言う。「テルを傷つけるやつは許さねぇ。このまま警察に捕まっといたほうが無難だと思うぜ」

「……は……?」大男は眼の前の光景に息を呑んで、「銃の弾を……受け止めた……?」


 大男が放った銃弾は、アレスが刀で撃ち落としていた。


 あっさりと、平然とやってのけていた。焦った様子もなく当然のように拳銃の弾を弾き飛ばしていた。


「解説どうも」アレスは納刀して、「拳銃にビビってたら、この街じゃ生きていけないからな」


 逆上した相手が銃を取り出してくるのはよくあることだ。別に慌てたりしない。


「ありがと」テルが言う。「やっぱり頼りになるね」

「……俺が受け止めなかったら、テルがかわしてただけだろ……」 


 実際にテルは弾丸を見切って回避行動をしていた。アレスが弾丸を撃ち落とさなくてもテルには当たっていなかった。

 

 とはいえ念の為に叩き落としたわけだが、少し野暮な行いだったかもしれない。


 切り札である弾丸をあっさり撃ち落とされた大男は肩を落として、


「……なるほど……これが無冠の帝王の実力か……」

「だからそう呼ぶなって……」


 とはいえアレス自身もわかっている。


 無冠の帝王を返上するための方法。それは……なにかしら戴冠するしかないということだ。

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