一一、奇妙な話
思い出すと、随分奇妙な話だった。
今日の二時間目終わりの休憩時間のことだ。コネクトで唐突に慧が『吉園という女を知っているか』と訊いてきた。
そこからまだ続きがある。『同じクラスだけど』と言うと、一つ頼まれごとをされた。まあ正確には頼まれたわけではなく、『どうもそいつが世界史の資料集を忘れて困っているらしい』とコネクトを送ってきた。人の忘れ物事情をただ伝えるだけなんて変だ。他人に関心を向けないような慧からとなると、なおさら。僕はそれが何とかしてやれという意味だと捉えた。
世界史の授業は次の三時間目だ。『わかった! 渡しておくよ』とコネクトを送って急いで隣の一組にいる風物部の友達、吉野くんのところへ行った。彼は教室の奥のほうで友達二人と話していた。手を合わせて割り込む。
「ごめんよっしー、ちょっといいかな」
「おおかっきー。どうした」
「急に悪いんだけど、世界史の資料集貸してくれない?」
よっしーは気前よく「ああ、全然いいよ」と言って自分の机に行って資料集を手渡してくれた。
「ごめんありがとう! 授業終わったらすぐ返すから」
「別に今日は使わないから焦らなくていいよ」
そう言ってもらえると気が楽だ。
二組に戻りながらスマホを確認すると慧からコネクトが来ていた。
『俺のことは話すなよ』
なぜか口止めされてしまった。
それから一度自分の席に行って借りた資料集を机の上に置き、中から自分の資料集を取り出す。そして右端の席にいる吉園さんのところに向かった。
吉園さんは足を組んで椅子にもたれ、片手でスマホを弄っていた。机を控えめにとんとんと叩き「吉園さん」と声をかける。僕の存在に気づいた彼女は「何?」とつり上がった目で見上げてきた。「何だよお前」と言われたような気がして背筋が凍った。
「これ、よかったら」
そう言って自分の資料集を差し出した。自分のものを貸すのは一応の配慮だ。名前も顔も知らない相手のものを借りるよりも同じクラスの僕から借りたほうが気を遣わないと思った。貸したよっしーとしてもそのほうが安心だろう。
吉園さんは怪訝な表情を浮かべた。
「……何で?」
まあそうだよね。急に手渡されても怖い。
「貸すように頼まれたんだ」
戸惑う彼女に端折って説明した。慧の名前は本人の希望により出せないので、あまり説明になってないと思うけど。
吉園さんは目を見開き、「……助かる」と言って受け取った。どうやらそれで納得したらしい。
事務的な応答に過ぎなかったけど、そうして僕は吉園さんと初めて言葉を交わした。
借りた資料集は三時間目が終わってすぐよっしーに返した。それから四時間目は体育の授業で移動だった。終わってから着替えて戻ってくると、机の上に僕の資料集が返されていた。いつの間に。
本当に奇妙な出来事だった。
どうやら慧と吉園さんのあいだには何らかの接点があるらしい。でないとクラスの違う吉園さんが忘れ物をしたなんて情報、慧には知り得ない。しかし堀内さんのように同じ部活というわけでもなかった。
一体どういう繋がりがあるのだろう。
それから今日聞かされた衝撃的な話……。慧には好きな人がいる。
高校になって変わったとはいえ、ぶっきらぼうで独りよがりなところが変わったわけではない。やはり慧が関わる異性の数は限られているはずだ。堀内さんに加え、吉園さんの二人。
振り払った思考を蘇らせる。
登校中、気軽に話していた堀内さん。同じクラスに、同じ部活。そして秘密の繋がりがあるらしい吉園さん。素行が悪く、周囲と距離感がある。慧と似たタイプ。
図書室での出来事。千日紅さんの「良い子」という人物評。世界史の資料集を巡るやり取り。
どちらかが慧の好きな人なのか。慧は二人をどう思っているのか。また二人は慧をどう思っているのか。
わからない。
僕の中でそれは好奇心をくすぐられる話題から深刻な話へと変わっていた。
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