七、和菓子好きは変わらない

 吉園さんは栗色のショートヘアで耳にピアスをつけている色白の女子だ。ブレザーの前ボタンを全て外したりスカートをかなり短くしたりして、いつも制服を着崩している。どれも校則違反だ。さらには身なりだけでなく生活態度も良くない。遅刻はしょっちゅうで、注意する先生を無視し、ピアスを取り上げようとした坂井先生には「触んな!」と切れていた。


 周りは怖がって吉園さんに近づかない。弥一からもバスケ部の星丘くんが喋るために吉園さんの椅子に座っていたら、勝手に座るなと怒られたという話を聞いた。

 どこかの誰かさんを思い出させるね。そのエピソードを生み出す人がこの世にもう一人いたなんて……。慧に教えたら「俺の正しさが証明されたな」とか言いそう。


 そんな問題児の吉園さんが、腰に手を当てながら千日紅さんの机の前に立っているのを見かけたときは肝をつぶした。大丈夫だろうかと気が気でなく、隣の席で素知らぬ顔をしながらこっそり様子を窺った。しかし怖い人に絡まれているみたいな雰囲気は全くなく、普通に親しそうに話していた。

 単純に、二人は友達になったらしい。ほっとした。同時にちょっぴり寂しさがあった。クラスで唯一僕だけ千日紅さんが話してくれることを嬉しく思っている気持ちがあったから。でもそんな些細なエゴより、千日紅さんに友達ができたことのほうが重要だ。良かった。


 意外な組み合わせだと思ったが、千日紅さんの性格を思えばそうでもないのかもしれない。誰とでもフレンドリーに接する天真爛漫でお喋りの人、僕の頭には同じ班にもなった大川さんのイメージがあるのだが、そういう人よりも、話しかけるのがためらわれる吉園さんみたいな人のほうが確かに気が合いそうだ。

 あるいは慧のように、千日紅さんも変わっていくのだろうか。想像してみる。千日紅さんが制服を着崩したり髪を染めたりするようになったら……。身震いした。それは、何としても止めたいところだ。


 そんなことをつらつら考えていた僕の隣で、不意に千日紅さんが口を開いた。

「米粉ってすごくいいと思う」

「えっ」

「白玉粉やわらび粉もいいけれど、米粉が一番」

 思考が止まる。そんな唐突に、何の話? 米粉とか白玉粉とか、和菓子の原料だよね。

「黄な粉も響きがいい。同じぐらい素敵。でも」

 千日紅さんは手を顎に当てて真剣な表情で語る。いや、響きって何。

「米粉は上から読んでも下から読んでも『こめこ』なのよね。……やっぱりいい」

 しみじみと感動している。

「そう……かな?」

 僕にはわからない感覚だ。


「米粉の惜しいところはデザイン性ね」

「へ?」

 米粉にデザイン性なんて概念があっただろうか。突っ込むべきなのか?

「米粉使用の文字を見るとわたしはもちもち触感を連想して強く惹かれるのだけれど、米粉そのものを想像しようとするとどうしても袋に入った粉の姿しか出てこないでしょう? 素材だから仕方ないのだけど」

「うん……?」

 どうしよう、すごく真面目に解説されている。茶化せない。

「そう思うと、お餅ってすごいわね。紙に丸を書けばもうお餅になって、それだけで愛らしいデザインだもの。葉っぱを合わせれば桜餅や柏餅を生み出す親和性……完成されている」

「あはは、なるほど。確かに?」

 お餅のデザイン性なるものにすっかり感心している千日紅さんが面白くて笑わされる。


 千日紅さんは和菓子が大好きなんだ。それも桜餅が好きとかどら焼きが好きとかいう次元の話じゃない。独特な感性と視点を持ってあらゆる角度から好意を向ける。今日は和菓子の材料の、しかも名前だ。僕も和菓子好きにこういう方向性があるとは想像もしなかった。

 肩の力が抜ける。彼女のこの和菓子好きだけは、いつまでも変わらないんじゃないかな。


「わたし昨日米粉パンを食べたのだけど、もちもちしていてとても美味しかった。……また食べたい」

「あ、わかる。米粉パンって美味しいよね」

 なるほど、米粉の話をしたきっかけがわかった。でも普通はそっちの話を最初にしてから米粉の魅力について語るんじゃないかな。心の中でそう突っ込んだ。


 週末が待ち遠しい。楽しみなんだ、僕自身。千日紅さんとの校外学習。

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