六、朝の楽しみな時間
二組のドアを開け、迷わず隅の自分の席のほうへ向かう。朝の日差しを受けて淡く灯る教室には、静寂の中で一人だけ、クラスメイトが僕の隣の席に座っていた。凛とした姿勢で本を読んでいるボブカットの女子に笑顔で声をかける。
「おはよう、千日紅さん」
こうして朝早く来ると、いつも彼女、千日紅絢さんはいる。人付き合いが苦手なためひとりでいることが多く、話しかけづらい雰囲気がある。と思われているけど、本当は和菓子が好きで、ちょっと変わった面白い人。
僕が声をかけると千日紅さんは読んでいた本に栞を挟んで閉じ、顔を上げた。
「おはよう」
口元が緩む。今日も無事、挨拶を交わせた。
入学式の日、紆余曲折あったが、僕は千日紅さんと友達になった。それから僕たちはこの朝の他に誰も来ていない時間に話すようになった。別に約束はしていない。ただ何となくそう落ち着いた。
千日紅さんはクラスメイトと距離を置こうとする。上手く話せないため、ひとりでいたほうが楽に感じるらしい。僕もそんな千日紅さんに配慮して、みんなの前ではなるべく話しかけないようにしている。
本当はもっと普通に普段から話したいと思っているんだけど、周囲に人がいる状況で話しかけると明らかに声が小さくなり、口数も減って素っ気ない返事ばかりで話しづらそうにする。仕方ない。無理に話してほしいとは思わない。
なので、僕は毎朝この時間を楽しみにしている。
リュックを机の横にかけ、すじ雲の浮かぶ青空を眺めながら座り、千日紅さんのほうに体を向けた。
「今日は良い天気だね」
千日紅さんはこくりと頷いた。
「なんかさ、ふと今日晴れだなって気づいて無性に体を動かしたい衝動に駆られることってない?」
座った状態で腕を振ってみせると、「え」と戸惑いの目を向けられた。
「僕はいまそんな感じで、何だか気力があり余っているよ」
腕を曲げて力こぶを作るポーズをする。朝から元気だなと呆れられたかもしれないけど、慧のことで少し気分が高揚してしまっているのだ。
「一時間目が体育だったらよかったのに。このエネルギーを浪費するなんてもったいない」
そう残念がると、くすりと笑ってくれた。
千日紅さんはあまり感情が顔に出るタイプではない。基本的に無表情だ。だから彼女の笑っているところを見られると、こっちまで嬉しくなる。
「いよいよ今週だね」
四月も下旬、新入生の肩書きを忘れつつある僕らにはビッグイベントが待ち受けていた。
「……校外学習?」
「うん!」
こぶしをぐっと握って肯定する。
先週の月曜日、校外学習の班が先生から発表された。座席で三十六人を四人ずつに分けた九つの班。僕は三班で、隣の千日紅さん、前の席の大川さん、その隣の席の菅野さんと行動を共にすることになった。一人だけ男子で少し肩身が狭いけど、上手く打ち解けたい。班長でもあることだし。他になりたい人がいなかったのでそれならと僕が手を挙げたのだ。
当日の行動のほとんどが班で話し合い決めることになっている。計画を立てるのは好きなので、密かに張り切っている。
「楽しみだね」
そう言うが、千日紅さんは気まずそうに視線を落とした。
「遠足とかそういうの、楽しみに思ったこと、ない」
「……そっか」
千日紅さんのこういうところ、慧と似ているね。
このあいだ大川さんたちに、同じ班になったからだろう、一緒に昼食を食べようと誘われていたけど、千日紅さんは首を振って断ってしまった。
慧が写真部での交流活動を嫌がっていたように、イベントでみんなとわいわい盛り上がるのは不得意で、憂鬱なのだろう。先週の校外学習の打ち合わせの際もほとんど発言をすることはなく、乗り気には見えなかった。
別に無理に班で打ち解ける必要はない。でもひとりでつまらない思いをしてほしくない。
「なら、楽しんでもらえるようにがんばるよ。僕、班長だから」
そう笑いかけると、千日紅さんは顔を背けて小さな声を出した。
「……それは、どうも」
どうせなら、楽しんでほしい。楽しい思い出になってほしいな。
大体の計画はもう決まっていた。でもあともう一か所、どこか千日紅さんを笑顔にできるようなとっておきの場所を用意したい。
一体どんなところがいいだろう。腕を組んで悩みながら前を向くと、黒板の日直のところに目が止まった。吉園、和田と書かれている。ああ、今日は弥一が日直なのか。がんばれ。
もう一人は、
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