三、友達を作らない、友達
生い茂る緑豊かな木々に見守られながら歩き続け、交差点に行き着き曲がろうとして、また赤信号に止められた。目前を車が行き交う。街路樹には躑躅が咲き始めており、アスファルトとコンクリートの地味なコントラストに鮮やかな色合いを加えている。
「お前、結局部活には入ったのか」
慧がおもむろに訊いてきた。
先週まで桐時高校は仮入部期間となっていた。慧には迷っているとだけ話してそれきりだった。
「入ったよ。風物部に」
「風物部? そんな変な部活あったのか」
「あったんだよねー、そんな変な部活が」
慧の言葉を繰り返してその形容に同意を示す。
生徒会が作成した学校紹介の冊子で、それぞれの部が活動内容を紹介し勧誘するページがあり、そこでその存在を知った。風物部は『堅苦しい名前はゆるい活動の全貌を隠すためのカモフラージュだ……という話は秘密にしてください。ざっくり言うと、何でもできる部活です。ぜひ入部してください』なんて書いていた。そのユーモアが気に入って入部までしてしまった。
「ま、お前らしい感じはするな」
「そう?」
「変なものに惹かれやすいところが」
「言い方……」
間違ってないけどさ。
信号が変わり、横断歩道に白いシューズを乗せていく。
「だが写真部はよかったのか」
「写真部? それって、遠回しな勧誘?」
首を傾けて訊き返す。
写真部は慧が所属することになった部活だ。以前一緒に電気屋に行った際、カメラに興味を持っている素振りはあったけど、部活に入ったと聞いたときには驚いた。
「まさか。俺が部のことを思うような人間に見えるか?」
「見えないけど、自分で言う?」
そう。慧は独りよがりで、人と関わることを煩わしいとすら思っている。だから、慧は決して友達を作ろうとしない。どうしてなのか理由を訊いたことはあるものの、お前には教えないと言われてしまった。
そんな慧が、部活に入るなんて。一体どんな心境の変化があったのやら。それならばと「じゃあ友達も作る?」と訊いたら「一生作らねえよ」と返された。わからない。読めない男だ。
「勧誘じゃないなら、どうしてそんなこと」
千日紅さんに言ったように、慧にも興味のある部活として写真部の名は挙げていた。でも新聞部や家庭科部などと一緒にだ。他の部活はよかったのかと訊かれるならまだしも、特に写真部を名指しするのはどうしてだ。
慧はそっぽを向いて答えた。
「別に。ただ勝手に、お前は写真部に入るんじゃないかと思ってただけだ。優子さんが、そうだったろう」
ああ、なるほど。肩を落とす。優子さんとは僕の姉だ。
慧の目を見据えて釈明する。
「確かに姉さんと同じ高校には来てるけどさ、別に真似事をしようってわけじゃないよ。僕は、自分のしたいことをするだけで」
「したいこと、か。恋愛はどうだ?」
そう問われて目が丸くなる。
慧が、恋愛って言ったのか。いままで慧とその手の話をしたことなんて一度もなかった。僕はその手の話が苦手で、慧は興味がないのだと思っていた。実際、慧が異性とまともに話しているところなんて見たことがないし、話題にすることもなかった。
「……えっと」
答えに窮していると、
「あっ、泉じゃん。おはよー」
自転車にブレーキがかかる音と共に、後ろから声をかけられた。
僕たちと同じ桐時高校の制服の女子が、外にはねる髪を揺らしながら黒色の自転車から降りて横並びになる。
「よう、
え?
慧が「よう」とか呼びかけたように見えたんだけど。
驚きのあまり首を左右に振って二人のことを何度も確認してしまった。
僕は、慧が僕以外の人とそんなふうに何気ない挨拶を交わすのだって見たことないよ。しかも、女子。異性。同じクラスの人だろうか。
「今日早くない?」
堀内さんは前かごに入った鞄からスマホを取り出して時間を確認する。
「まだギリギリ八時にもなってない!」
「お前こそ」
慧がぶっきらぼうに返す。堀内さんは得意げに胸を張った。
「でしょ? ところでそちらは?」
堀内さんが僕に手を向けて慧に尋ねる。
「柿原悠太郎。中学が同じだった」
「柿原くん、ね。わたしは堀内麻希。よろしくねー」
「よろしく」
笑顔で挨拶する。堀内さんは僕のことを興味深そうに目を上下させて見る。
「へえ、泉に友達かあ」
「友達ではない」
ばっさり否定されてしまう。
「えー。そんなこと言うなんて酷くない?」
堀内さんに同情され、「あはは」と笑う。
まあ、知ってる。むしろ平常運転で安心した。
慧は友達を作らない。それは僕に対しても例外ではなく、友達と思われていない。僕だけが友達と思っているという悲しい状態にある。
ただそれは嫌われているとかではない。よく話すし一緒に帰ることもあり、何度も遊んでいる。正直もう普通に友達だろうと思っているけど、慧は頑なに否定する。譲れない感性があるらしい。
慧は頑固で独りよがりで、表明上は冷たく見える。でも面白いし良いところもたくさんあるのだと、僕は知っている。その遠慮のなさに救われたことだってあった。僕にとっては、信頼する友達に他ならない。
……なんて、さすがに恥ずかしいから本人には言えないけど。
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