二一、花のおめでとう

 千日紅さんはほのかに憂いを帯びた寂しげな笑みを浮かべ、こう告げた。


「……花より団子」

「え?」

 突拍子もない言葉が出てきて戸惑う。

「柿原くんが言ったこと」

 そう言いながら懐かしむような目で僕を見た。

「花を見るよりお団子が食べたい。……微笑ましいわ」

 そういえば朝の時間で口にした憶えがある。千日紅さんが思わず反応してしまった言葉だ。和菓子好きの彼女にとっては強く頷けることわざなのでは。


 風情より実益を求める。僕は花より団子の意味を振り返り、唐突な発言の意図が読めた。

「ああなるほど、入学式で紅白饅頭を当てにするのは、確かに花より団子だね」

 そう言って笑顔を向ける。自分でも罰当たりかもしれないと思っていたことだ。


「入学式って、だと思う。みんな入学式のために来てはいるけど、実際は新しい友達や環境、そういうを楽しみにしているでしょう?」

「……うん、まあ、そうだね」

 初めて聞く比喩だ。

 僕は今日、入学式のために学校に来た。入場したときたくさんの拍手を浴びて圧倒された。目に焼きつく景色だった。でもここに来るとき僕が期待に胸を膨らませていたのは、確かに新しい友達やイベント、薔薇の高校生活だ。

 なるほど、花より団子かもしれない。

 きっとみんな同じようなことを考えている。和田くんは入学式を煩わしく思い、部活を楽しみにしていた。僕が言うのもなんだけど、それでこそ高校生らしいと思う。


「今回のことにも同じことが言えないかしら」

「へ……?」

 また、困惑させられる。どういう意味だ。

 千日紅さんは一歩下がり僕のほうに正面を向けて話す。

「その人は新入生への祝福のメッセージを残したように見せかけて、本当は先生への愛の気持ちを記したかった。花より団子をとして捉えると、似ていない?」

「……うん」

 その二つを結びつける千日紅さんの発想力に驚かされる。どうやら彼女は何か気づいたことがあるようだ。まさかそのことわざから謎の真相に辿り着いたというのか。


「花としてのおめでとうと、団子としての隠されたメッセージ。そのイメージが頭の中にできたとき、ふとこう思ったの。


 目を剥いた。

 それは、反語に違いない。千日紅さんはあの祝福の言葉はただのカモフラージュではないと言っているのだ。

 向かい合わせになって彼女の話を聞く。

「もし新入生へのお祝いなどではなく、その人にとってお花見みたいにとなるような、だったとしたら……」

 息を呑む。


「新入生ですら入学式を軽視するのだから、その人にとってはもっとそう。ほとんど無関係で、新入生を心から祝う気があるとは思えない」

 断定されるとさすがに悲しいけど、さっきと同じだ。

「そのほうが高校生らしいね」

 千日紅さんが頷く。

「だからいたずらに見える。けれどそれこそその人の意図していたこと。本当はだった。入学式の今日という日を選び座席表にメッセージを残すことで、新入生へのお祝いの言葉に見せかけてその目的をわたしたちに悟られないようにした。……どうかしら」


 灯台下暗し、僕は隠された文字にしか気が回らなかった。しかしなぜその人はあのような不可思議な手段を選んだのかという千日紅さんの疑問は綺麗に解決する。


 では。


 つばを飲み込み、訊く。

「その花のおめでとうって、一体どんな?」

 その人はなぜ先生におめでとうと言いたかったのか。


 千日紅さんは目を伏せた。その表情は空の翳りも相まって、ひどく感傷的に見えた。

「お誕生祝いなどであれば、もっと違う形で、それこそ堂々としたはず。隠した恋心に結びつくものとなれば、一つだけ……」

 彼女は真っ直ぐに僕の目を見据え、答える。


「北山先生は、結婚したのよ」

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