一八、明らかになる経緯
「外なら? その人は入学式を体育館の外から聞いていた」
それならば担任発表を聞いた上で容易に体育館から離れることができる。
千日紅さんは首を横に傾けて訝る。
「聞こえるかしら。弾幕があって、扉も閉まっていたんじゃない?」
そう。僕もあの紅白の弾幕が強く印象に残っていたために同じ思考をしていた。
「横の窓も全て閉まっていて体育館が完全に締め切りだったなら、そうかもね」
空気の通り道がなくなるほど、音は届かなくなるものだ。
「でもどこかは開いていたんだ。間違いなく」
千日紅さんの黒い瞳が大きくなる。
「どうしてわかるの?」
「紅白幕の裾が風に揺れていたから」
思い出したんだ。体育館に入ってそれを見て、風情があると感じたこと。
「たぶん足元に小窓があって、それが開いていた」
それほど大きな揺らぎではなかったので、横の出入り口は近隣への配慮で閉まっていたと思う。換気目的に小窓だけ開けていたんだ。
「きっと近くにいたら聞き取れるよ。教頭のマイクは、聞きやすかったし」
担任発表は教頭により行われた。そして教頭の声は体育館全体に鮮明に響き渡っており、はっきりと耳に届いた。
「……そうね。それなら、ありえそう」
千日紅さんが頷いてくれるとより自信が持てる。これですっきりした。
深呼吸を挟む。
「まとめると、こういうことかな」
判明したことを整理して話す。
「僕らの先輩であるその人は、北山先生が好きで気持ちを伝えるつもりでいる。掲示板で二、三年のクラス発表があったのち、消去法で北山先生が一年の担任を持つことが予想された。それが発表されるタイミングが、入学式。そこで『おめでとう』に隠して思いを伝える手段を思いつく」
五つの文字に隠した五つの漢字、告白のメッセージ。私の北山先生への思いは敬うに留まりません、愛しています。意訳するとそんなところか。
「当日、体育館の外から発表を聞いて北山先生がどのクラスの担任かを知る。別にずっと身構えて聞いている必要はない。式次第がわかっていればそのタイミングを計ればいいんだ」
入学式の式次第なら開式前に体育館をちょっと覗いて確認するなり誰か先生に訊くなりすればわかる。そういえば保護者向けに学校のホームページにも載っていたのを見た。
「先生が何組かわかったらすぐに校舎に入って、みんなが教室に戻る前に頑張って座席表に飾りつけを済ませる」
頑張ってと言ったが、貼りつけるだけなら数分でできる。
「そして僕がそれを発見した」
小さく息をつく。
「……何というか、すごい執念みたいなものを感じるね。それだけ本気ってことかな」
面白い仕込みだと思っていた不思議な花のフレームが、まさか用意周到に創意工夫を重ね実現された告白だったなんて。
その人は誰だったのかは、わからない。入学式に参加していた誰かみたいな絞り込みができないとなると、もはや辿ることはできないだろう。そのほうがいい。内容が内容、誰が先生に恋しているのか暴こうだなんて傍若無人だ。
……なんてここまで突き止めておいていまさらだけど。
「本気……」
千日紅さんが小声で呟く。
「でも見つけた人は誰だって、いたずらだと思うでしょうね」
「いたずら……うん、確かに」
僕も最初はそう思った。
千日紅さんが疑問を唱えなければ、ずっと誰かの愉快なサプライズだと勘違いしたままになっていたに違いない。僕のあとで見つけた人も、こうしてじっくり読み解こうとまではしないはずだ。
そして告白の方法としても、新入生への祝言に見せかけて、実は自身の思いの丈を綴るなんて、さながらトロンプルイユやステレオグラムに通じるような遊び心を感じさせるものだ。ちょっと見ただけで事の真剣さに気づくのは難しい。
「うまく隠されているね」
感心する僕の隣で、千日紅さんは体の前で指を絡ませながら暗い視線を落とした。
「うまく隠して……先生は気づくのかしら」
「え?」
その浮かない横顔の表情に知らされる。
まだ謎は、解けていないのだと。
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