一七、幼く、自然な思考を測って
千日紅さんが顔を傾けて表情は真剣に言う。
「……盗聴器?」
柔らかな声から出てきた物騒な単語に言葉を失う。
「……いや、そこまでする? まあ可能性としては、ね」
不可能なことではないけど、怖いよ。
「……冗談」
千日紅さんは無表情でぽつりと明かした。
一瞬全身が固まった。次第に肩の力が抜けていく。
「なんだ。冗談かー」
そんな冗談言うんだ。真面目そうに言うので、本気で言ってると思った。
「中にいた人に協力してもらった、とかどう?」
僕はスマホを振って提案する。
「コネクトで伝えてもらって」
千日紅さんは眉をひそめる。
「告白の相手が先生なのにそんなマナー違反の手段を取れるかしら」
「あー」
確かに入学式中に生徒が携帯を触るなんて行為はタブーだ。規律を重んじる先生に対してそんな手段を取った告白ができるだろうか。
その人がどこまでのことをするのかなんて会ったこともない以上わからないけど。
まああの緊張感の中、教員の目もあるからそういうことはできないか」
当てずっぽうでたまたま当たったわけではないだろうとしたら、あとは。
「事前にそのことを知っていた?」
そんなことが可能だったろうか。
「……先生なら、知ってるはずだよね。いままで考えてなかったけど、その人が生徒だって決まってるわけじゃない。同じ先生だったかも」
千日紅さんはかぶりを振る。
「その人が先生ということはないと思う。先生に対して敬愛という感情を持ち出すのは、やっぱり生徒じゃない?」
「ああ、そうか」
先生が先生に対して敬愛ではいられませんとは普通ならないよね。
「それに……言い方が悪くなるけれど、していることに幼さを感じる」
「ん……」
上手く言葉で説明できないが、確かにそうかもしれない。校内での出来事。サプライズみたいな手法。プライベートな内容。先生がすることとは到底思えない。
大人びた雰囲気の千日紅さんが言うと説得力があるね。一方で和菓子の話には目がなく飛びつくあたり、微笑ましい。
「ならやっぱりその人は生徒か。担任を事前に知る方法……」
いつの間にか「その人」が呼称になっているが、犯人と呼ぶのは違うし、適当か。
「学年だけなら、事前に知れるんだけどね」
「そうなの?」
「うん。他の学年の担任発表はもっと前の日に掲示板に貼られるんだって」
朝の時間に姉さんに聞いていた。担任の発表は一年を除き、クラス発表と同時に行われると。おそらく掲示されるクラス表に担任の名前も記載されていたのではないか。
「北山先生が二、三年の担任になっていなかったとわかれば、消去法で一年の担任だと推測できる」
「それは耳よりな情報ね」
「えっ、そう?」
役に立たないつもりで話していたけど。
「細かく描き込まれた花柄フレームは即席で作ったものとは思えない。あらかじめ作って準備していたのでしょう」
「そうだろうね」
「けれどもし先生が上の学年だったとき、同じものを使ったかしら?」
なるほど、千日紅さんの言いたいことはわかった。
「いいや。ただの進級でお祝いの飾りなんてちょっと変だね」
理屈の上ではおかしくないけど、基本的にみんな進級はするものなのでわざわざ「おめでとう」なんて言わないだろう。過剰な演出で、不自然になる。
「ええ。その人は北山先生が一年の担任になるとわかっていたからこそ『おめでとう』の飾りを作ることができた。……ということがわかる」
「おお」
さすが千日紅さん、頭の回転が速い。
「結局、担任を事前に知ることができた生徒がいたかどうかはわからないわね」
千日紅さんは残念そうに俯き加減になる。
「うん。職員室で聞き込み調査でもすればわかるかもしれないけど」
「さすがに、そこまでは」
眉をひそめる千日紅さんに同調する。
「しないよね」
別に何が何でも真相を突き止めようだなんて考えていたわけじゃない。ただ興味を惹かれて考察していくうちにここまで辿り着いただけだ。
消化不良にはなるけど、知ることができた生徒がいたのだと思っておこう。
風が吹き木々がざわめく。もうこの話も締めになりそうだ。千日紅さんがなびく髪を押さえる。
「……あ」
その様子を見て、僕はまだ考慮していない担任を知るごく簡単な方法があることに気づいた。
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