一六、How did you know that?

 愛の告白。

 意外ではない。愛という文字を見たときから頭の中でそういう予想は浮かんでいた。


 しかし改めて口にすると、まるで実感が湧かない。あの花に紛れた文字の奥にそんな思いが込められているなんて。本当に、先生を?


 俯いて、すーっと息を吐く。面白いと興味本位で踏み込んだけど、少し軽はずみだった。

 僕は恋バナが苦手だ。友達と好きな人の話をすることもなかなかできない。素敵な恋をしてみたいと憧れはするけど、自分に恋人ができるなんて想像するとどこかこそばゆい。和田くんがテニス部はモテそうだろうと言われて愛想笑いしかできなかった。文字の解読のときも「愛」を口に出して言うのが恥ずかしかった。


 何と言うべきか頭を悩ましながら千日紅さんの様子を窺うと、ネクタイの結び目をそっと掴みながら真剣な眼差しをしている。何か熱心に考えているような。

 僕の視線に気づいたのか話し出そうとしたのか、こちらを見た彼女と視線が交わった。


「飾りつけがされたのは入学式の間、だったわよね?」

 そう確認され、どういう意図があるのか戸惑いながら頷く。

「……うん。先生が体育館を出て教室に戻ってくるときに見てくれるようにしたかったのかな」

「そうね」

 千日紅さんは煩いの滲む表情を見せた。

「……けれど、のでしょう?」

 目を見張った。その点には考えが及ばなかった。

「それなら入学式が終わってからじゃないと北山先生が一年五組の担任になったことは知り得ないはずよね?」

 もしその人が入学式が行われている中、校舎で貼りつけ作業をしていたのなら、そうなる。

「本当だ。おかしいね」

 しかしながら時系列からして間違いなく飾りつけは入学式の間に行われている。


「じゃあその人は入学式に参加して担任発表を聞いていた?」

「そのあとでフレームをつけるなんてできるかしら」

 喉の奥を鳴らして唸る。貼りつけるだけならそう時間はかからないだろう。ただまた別の問題が生じる。

「最初に退場したのは一年一組、新入生。上級生は入学式を途中で抜け出すしかない。でもやむをえない事情でもない限り途中退席はしないのがマナーだし、しようものならすごく目立つ。ハードルは高いよ」

 いまでもまだ肌に感覚が残っているほど、あの場の空気は特有の静寂に包まれ張り詰めていた。座りなおすのがためらわれ、体が強張るほどに。途中退席しようものなら周りの視線が痛いほど集まっただろう。


「後ろの扉、ずっと閉まってた気がする」

 千日紅さんに言われ、退場するときの扉の開く音を思い出す。

「あれが式の途中で開いたなら、絶対音が響いたはずだよね。でもそんな音、僕も聞いてない」

 何のトラブルもなしに、入学式は執り行われた。

「付け加えると、横の扉も幕に覆われていて使えなかったわ」

 言われて思い出す。体育館の周囲には紅白の幕がかけられていて、両側にある出入口は使用できない状態だった。そして唯一の出入り口となる後ろの扉は使われていない。


「物理的にも心理的にも、入学式の場から離れることができたとは思えない。だから入学式には参列していない。……なのにその人は一年五組の教室にメッセージを残している」

 首を曲げ、疑問を零す。

「どうやって北山先生が一年五組の担任だと知れたんだろう」

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