一四、最後の一文字

「あっそうだ! 友達が五組にいるから訊いてみるよ」

 慧が五組だったことを思い出し、勢いづく。ただ慧はクラスメイトの名前も憶えようとしないから、訊いてもわかるか怪しいけど。


「……もう他のクラスに友達がいるのね」

 ぽつりとそう言われて、固まる。

 すると千日紅さんが慌てた様子で僕のほうに体を向けて、手と顔を振った。

「あっ、違うの。ただ、すごいなと思っただけで。嫌味とかそういうつもりはまったくない」

「そっか」

 ほっとした。嫌味と思ったわけじゃないけど、傷つけたかと思った。

「でも、中学が一緒だっただけだよ」

 さすがに入学式だけで他クラスの人とまで友達にはなれていない。彼女は「なるほど」と納得した。

 厳密には慧のことを友達だと言うのは僕だけで、友達と思われているわけではない。そのことについて話したい気持ちもあるけど、長くなるのでいまは置いておこう。


 千日紅からスマホを返してもらって、メッセージアプリ、コネクトを開いて訊く。


『慧のクラスの担任って誰?』

 返事はすぐに来た。

『現代文の北山晴人はるとだ。それはそうと、お前何を奢ってくれるんだ?』

 何の話かと首を捻ったが、賭けのことか。


 あの賭けを持ち出したのは慧だった。この催促してくる感じ、さては初めから出席番号一番になってしまったときの保険のつもりで持ちかけたな。

 まったく、巧妙な作戦だ。苦笑する。


 何を奢るって。


「…………桜餅」

 ふと浮かんだのがそれだった。今朝話していたから。


「桜餅?」

 僕の小さな呟きを千日紅さんは聞き逃さなかった。反応が早い。和菓子のことだからか。

「いや、まったく関係ない話」

 僕は笑いを堪えながら言う。

「友達に何か奢ることになっちゃって、桜餅とかどうかなって」

「すごくいいと思う」

 千日紅さんがあまりに力強く頷くので、笑わされる。

「あはは、じゃあ、そうしようかな。あ、わかったよ。五組の担任」

 話を戻す。


「北山先生だって。北山晴人。当たっていたね、すごい。それで思ったんだけど、もしかしたらキタセンってあだ名で呼ばれていたんじゃないかな。それなら『北先』という書き方をするのも自然でしょ?」

 頭に浮かんだ考察をいきいきと話す僕に対し、千日紅さんは怪訝に聞き返す。

「……先生?」

 苗字を強調したアクセントで、問題が発生していることに気づかされる。

「『先生』じゃない! あれ?」

 何を呑気にしていたのだ。それでは「我愛〇北先」の真ん中が埋まらないではないか。


「けれど、『北先』が北山先生のことを指しているのは間違いないはずよね」

 千日紅さんが確認する。

「……うん」

 偶然にしては出来すぎだ。五組の座席表だけに文字を隠した装飾があって、そこに「北先」という字があって、担任は北山先生だった。これで無関係なはずがない。


 だとしたら、最後の一文字は何なのか。

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