七、わたしに構わないで
*
「もう、わたしに構わないで」
「え」
突然突き放すような言葉を告げられ、当惑する。
「ごめん、何か怒らせた?」
心当たりはないけど、もしそうなら謝らないといけない。しかし千日紅さんはボブカットを揺らして首を振った。ますますわからない。
「じゃあ、どうして」
彼女は手を固く握って苦渋な表情を浮かべる。言葉を選んでいるようだった。
「……ひとりでいたい、から」
やがて絞り出すような声でぽつりと言われた。
「……どういうこと?」
千日紅さんは机の上で細い指を交差させる。
「わたし、話しづらいでしょう?」
「え……いや」
答えにくいことを直球で言われて言葉に詰まる。
「会話が下手。人付き合い、苦手。暗くて愛想もない、つまらない人間」
千日紅さんは淡々と自分のことを貶める言葉を並べていく。聞いていて胸がつかえた。
「だから、ずっと友達がいないの」
「…………そうなんだ」
そう打ち明けられて、一つ納得した。中学の頃を訊いて「知らない」とぶった切られたけど、あれはやはり中学の頃の話をしたくなかったんだ。
「でもそれでいい」
そう言い放つ彼女の顔を覗くと、何も期待していない虚無を見つめる眼差しをしていて、心苦しくなる。
「わたしはひとりでいい。そのほうが相手に合わせる必要も気遣うこともなくて、楽だから」
「……」
強がっているようには聞こえず、本心を話している響きがあった。
言ってること自体は、わからなくもない。僕だってひとりが気楽だと思うときはあるし、人付き合いの難しさを思い知ったこともある。僕の身近にもからかいの的になって他人と関わることを面倒だと言う人がいる。きっと誰にでもそういう感情はあると思う。
でもそれは僕にとって、すごく悲しい言葉になる。
「それってさ。つまり……千日紅さんは、話しかけてほしくなかったってこと?」
「……」
押し黙ってしまう。
棘のある問い詰め方だったかもしれないが、つまりはそういうことだ。僕に対しても関わらないほうが楽だと感じた。だからもう関わらないでくれ、と。
ショックだ、とても。無理に話していたなんて、そんな素振りなかったのに。
……いや、あったか。思い返せば最初、彼女は素っ気なかった。緊張していたのだと思ったが、違ったんだ。あのとき不安に思った通り、彼女は話す気がなかった。
でもそれから和菓子のことで盛り上がって、打ち解けたと思っていた。さっきまでの時間は夢か幻だったのか。彼女の見せたあの笑顔は、嘘だったのか。いまさら、こんな唐突に関わるなと言われても納得できない。したくない。
「僕はもっと話したいんだけどな……千日紅さんと」
落ち込んだ声でそう言うも、首を横に振られた。
「……ごめんなさい。わたしのことは、放っておいて」
「…………」
唇をかむ。謝られても困る。わからない。素っ気なかったり、楽しそうに話してくれたり。千日紅さんの心の内が、本心がわからない。一体何と言ったらよかったんだ。
教室の扉が開いて、髪を一つ結びにした女子と長い髪の女子が入ってきた。僕らを見て驚きの声を出す。
「もう来てる人いる」
「はやっ」
それきり僕と千日紅さんの会話は途絶えた。窓を見やると内心の晴れない気持ちと裏腹に青く好天な空模様が広がっていて、恨みたいほど長閑だった。
*
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