六、モヤモヤ
入学式を目前に控えた教室はすっかり喧騒に包まれている。すでに初顔合わせの緊張感など横から照りつける春の日差しに滅されたかのようだ。
「入学式ってどれくらいかかるんだろうな」
窓際に腕を組んでもたれかかる、ウルフカットに近い髪型をした浅黒い肌の男、
「二時間ぐらいじゃない?」
僕がそう言うと、彼は怠そうに天井を仰いで溜め息をついた。
「長いなー。早く終わってほしい」
和田くんとはまだ知り合ったばかりだ。僕の次に教室に入ってきた男子で、隅でぽつりと座っていた僕のところにふらっと来てくれたので、こうして話していた。
「入学式は長時間座りっぱなしでお行儀よくしていないとだから、ちょっと疲れるよね」
「それなー」
和田くんが軽い感じで同意する。見た目と喋り方で堅いのは苦手そうな印象を受けていたが、実際そうらしい。
大学の入学式なんかはテレビで見る感じ、華々しく派手なパフォーマンスもあるみたいだから楽しそうだけど。
「……先生たちが歓迎の言葉をミュージカル式に歌ってくれたら面白いかも?」
適当な思いつきに和田くんが手を叩いて吹き出す。
「はは、それ面白いな。ようこそ~とう~じこう〜こうへ。ここは~すてき〜な場所、ってか」
和田くんが実際にミュージカルっぽく入学を歓迎する言葉を陽気に歌い、笑わされる。
「僕さ、楽しみにしてることがあるんだけど……」
紅白饅頭が貰えるかどうか、と続けようとして言葉を飲み込む。危ない、それは和田くんに話すことではなかった。他の言葉を探して繋げる。
「体育祭と文化祭が待ち遠しいんだ」
和田くんが「ふーん」と眉を上げる。
「そんなにいいのか?」
「うん。僕、姉がいて、ここの卒業生だから見に行ったことがあるんだ」
あの光景はいまでも忘れられない。
「へえ。あまり期待したことないなー、そういうの。楽しみにしていることかー」
和田くんは腕を組む。
「……修学旅行ぐらいしか思いつかないな」
「えー。まだ入学したばかりなのに?」
和田くんの顔を覗き込みからかうような笑みを向ける。
「本当だ。俺悲しいな」
和田くんがおどけて、笑い合う。
「部活とかは?」
「あ、それがあったか。普通に楽しみにしてる。まだちょっと迷ってるけど、テニス部に入るつもり」
和田くんは素振りの動作をした。
「ちなみに中学は陸上部だった」
「おー、変えるんだ」
「ああ。中学のときはそもそもテニス部がなかった」
僕のところでは女子テニス部だけあった。
「……やっぱりテニス部ってさ」
和田くんがこっそりと耳打ちしてくる。
「モテそうだろう?」
「……あはは」
僕は曖昧に笑う。
「よっしゃ、テニス部一緒に入ろうぜ、ユータ」
和田くんが手を差し伸べてくるが、遠慮のポーズを取る。
「いやー悪いけどテニス部は候補にないなあ」
「ちぇ」
和田くんとは簡単に打ち解けられた。普通はこういうものだよね。友達ができたのはよかったけど、まだすごくモヤモヤする。気が晴れない。
視界の端で、千日紅さんが文庫本を開いて読んでいる。一体いま、どんな感情でいるのだろう。彼女に言われたことが頭を悩ませる……。
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