五、和菓子が好きな人

 最初は寡黙で話しかけづらい雰囲気があった。実際上手く話せずに、心が折れそうになっていた。でもいまはこうして面白い話をしてくれて、話すのが楽しくなっている。

 彼女も緊張していたのだろう。僕も何とか上手く話さないといけないと気負い過ぎていた。あの唐突な挨拶から気が抜けて、自然と話せるようになった。


「わたしは食べ慣れているからかもしれないけれど、道明寺のほうが好きね。長命寺も悪くないけれど、粒々した食感があるほうがいい」

「長命寺、食べたことあるんだ」

「ええ。一度だけ。関西にある和菓子屋さんでも、関東で修行した職人さんが作って売ってあるお店があるの」

「へえ」

「一度食べてみたいなって思っていたときに丁度見つけて、嬉しかった」

「それは良かったね」

 念願の長命寺だ。僕も食べてみたい。まず見てみたい。

「関東では、長命寺と道明寺、半々くらいだそうよ」

「あっ、そうなんだ」

 関東風というからにはもっと多いものと思ったけど。デパートやスーパーでよく物産展が催される昨今、完全な地域性が保たれるほうが珍しいのかもしれない。


「話の腰を折ってしまったわね。そのストラップがどうかしたの」

「ああ、そういえば」

 言われるまで完全に忘れていた。話そうとしていたことが途中だった。

 僕は小さな道明寺を指で持ち上げる。

「これね、実は今朝姉さんに貰ったものなんだ。入学祝いだって」

 自分の部屋で身支度を整えていると姉さんが来てこのストラップを手渡された。洗面所で言っていた「いいもの」が、まさかこれとは。

「それが?」

 千日紅さんも不思議そうに見る。

「そうなんだよ」

 姉さんはときどきこういうことをする。

「……いいな」

 千日紅さんの呟きに笑わされる。

「いいんだ?」

 和菓子が好きって言っていたけど、こういう形でも気に入るのか。


「これ、千日紅さん的にはどう思う? 入学祝いに桜餅のストラップ」

 ちょっと挑戦的に振ってみる。和菓子好き、それも豊富な知識があるらしい彼女なら、何か言ってくれるかもしれない。

「入学祝い……桜餅は着色していない白い生地のままのものもある。だから紅白饅頭のように扱うことはできる、かしら」

 ピンク色の桜餅ストラップを指で掴んでじっと見る。

「これとその白い桜餅をセットにして、紅白饅頭的な桜餅?」

 彼女は控えめに頷いた。

「強引だけれど」

「あはは。でも面白い」

 千日紅さんは顎に手を当ててまだ思考を巡らせている。

「あとお餅は、鏡餅のように神饌、神様へのお供え物とされたり、端午の節句に柏餅を食べたり、様々なハレの日に用意されている」

 うん、と相槌を打つ。

「お祝いにはお餅がつきもの、だから入学祝いに桜餅を贈るのだっておかしなことではないと思う」

「おお、確かに」

 紅白饅頭理論もいいけど、より説得力が増している。

 素晴らしい解釈にささやかながら称賛の拍手を送ろう、としたところに、廊下のほうから女子の大きな笑い声が聞こえてきて意識がそれた。同じ新入生だ。時刻は八時を過ぎていて、もうそろそろみんな登校してくる時間だ。


 桐時高校では今日、午前に入学式、午後に始業式がある。僕ら新入生は入学式だけで、始業式には参加しない。逆に上級生は生徒会など一部の人を除き、入学式には参加しないそうだ。


 気を取り直して、音を立てずに手を叩く。

「すごいよ。本当に理由がつけられるなんて」

「…………」

 千日紅さんは廊下のほうをじっと見ている。さっきの笑い声が気になるみたいだ。

「それにお餅がつきものって、上手い言い方だね」

「……ええ」

 千日紅さんは曖昧に返事をした。

 しかしながら姉さんにそんな深い配慮があったわけではないだろう。おおよそふと見つけた可愛い桜餅のストラップを気まぐれで買って気まぐれで寄こしたのだ。そういう人なんだ。

 ただ結果的にそのおかげで面白い話が聞けたので「いいもの」になった。ありがとう、姉さん。


「ますます和菓子が食べたい気分になってきた。帰りにどこかで買おうかなあ」

 共感してくれると思ったけど、千日紅さんは黒板の上にかけられた時計をただぼんやりと見上げるばかり。

「あっ、今日入学式だから、紅白饅頭貰えるかな?」

 中学の卒業式では貰えた。

「入学式に甘味を当てにするなんて罰当たりだけど」

 そう笑うが、千日紅さんの口元は固く結ばれやはり何も言おうとしない。何だか温度差がある。

「どうしたの?」

「……」

 千日紅さんは少し困ったような顔で、机に置いてある巾着の口を握り俯いてしまう。垂れた髪で表情が隠れる。

「……千日紅さん?」

 心配する。明らかに様子がおかしい。


 長い沈黙のあと、僕のほうを見たかと思うと、すぐに顔を背けて一言、短く告げられた。

「もう、わたしに構わないで」

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