第26話 世界

 アジャイがインドへ帰る日、義彦も休みを取り、妻と息子も連れて、関西空港へ見送りに行った。ラクシュミも来た。

 インドから日本へ到着した時は他の大勢の実習生達と空港で集合して賑やかだった、インドへ帰る時は・・・。途中で帰るから、しょうがないね、とアジャイはふと漏らした。

 アジャイと職場の皆とは最後までギクシャクしたままだったので、送別会もなく、見送りもこの四人だけとなった。

 出発ゲートへ向かうアジャイと握手を交わす。今度は僕がインドへ行く番だ、と義彦は冗談ともつかない言葉をアジャイに贈る。義彦の息子が、少し涙を浮かべて、アジャイに抱きつく。

 何回か家を訪ねてきたアジャイに、息子はなついていた。抱き合う息子とアジャイの顔を見比べる。

 突然、記憶がよみがえる。

 義彦が九〇年代にインドを旅行していた頃はヒゲを生やしていたし、アジャイはまだ七、八歳の子供だったはずだ。今の息子と同じくらいの年だ。

 ムスーリー近郊の村の食堂で会って話した現地の子供は英語が堪能で、義彦と物怖じせず話し、自分も将来、外国へ行きたい、世界を見たい、ときっぱり口にしていた。

 

 九〇年代には考えられなかった、中国人旅行者が日本へ殺到したり、たくさんの外国人が日本へ働きに来ている状況で、欧米では殺到する移民に対してノーと言う人々も増えてきている面もあるが、あらゆる障害を乗り越えて、いずれは全ての国々が国境の壁を取っ払う時代が来ないだろうか、と思う。

 今は夢物語に思えるが、先のことは分からない。ベルリンの壁の崩壊どころの騒ぎではない、全ての国境がなくなった世界。それが実現すれば、義彦もインドへ帰ることができて、アジャイとも再び一緒に働くこともできるだろう。

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帰る 松ヶ崎稲草 @sharm

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