第25話 帰国
年が明け、もう一人の技能実習生を今度はベトナムから迎えることとなった。
歓迎会を開いた。相も変わらず『上を向いて歩こう』の合唱となった。変えることを提案をしようと思っていたが、忘れていた。ズルズルと一年が過ぎ、今までと同じことをしている。
新しい実習生に、高齢者が話し掛ける。
今度はアジャイと違い、日本人と同じ顔付きなので、高齢者もよくしゃべる。戦時中の話をする人が多い。
彼の顔付きが記憶を刺激するのか、当時の各地の呼び方は、今のベトナム・ラオス・カンボジアがインドシナ、シンガポールは日本風に昭南島と名付けられ、中国、とは言わずシナ大陸と呼んでいたそうだが、彼らはそのまま言う。
ベトナムから来たばかりの実習生は、インドシナ、と呼ばれてもよく分からない表情をしており、間に入る若い介護職員はもっと分かっておらず、口角泡を飛ばして、インドシナ、シナ、南洋、昭南島、と言い続ける男性高齢者に話を止めさせようとしている。
翌日、ベトナム実習生は休日で、アジャイが最後の出勤日となった。荷物もだいぶインドへ送り、あとは来週の帰国を待つだけ、とさっぱりした表情で、最終勤務日のアジャイには笑顔がよみがえり、利用者一人一人に対して心を込めて対応しているようだった。
アジャイに日本の良さを伝えられなかったことを義彦は恥じ入り、悔やむが、日本の良さって何だろう、とも思う。
日本人であることに誇りなど、残念ながら感じない。一部ネットやテレビ番組で喧伝されている日本スゴイ、などとの言葉を吐く気にもなれない。
一般的には、日本人というのはあんまり日本を誇りには思っていないのではないか。旅行中もそうだった。韓国人や香港人は日本人とよく間違えられることもあって、バックパックに自国の国旗を縫い付けている人が多かったが、日本人でそんなことをする人はまずいなかった。
普段はほとんど言葉を発さない高齢女性が、いつもよりも張りのある声で「あ、雪や」と口に出す。他の高齢者達も職員も、アジャイも義彦も、ケアハウスのガラス張りの壁から見える、ちらつく雪を眺めた。アジャイの目は、雪を見ながら、さらに遥か遠くを見ているように見えた。
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