第24話 看取り
徐々に、藤枝さんは抵抗する元気もなくなってきた。うわごとのようなことをずっと言っていることが多くなった。介護は楽になっていた。いずれこうなる、と義彦も看護師から聞いていたので、驚きはしない。
ケアハウスで看取るのも、初めてではない。数年前から、看取り加算も始まっている。おむつ交換の時は相変わらず手足を動かし、やりやすいとは言えないが、力がなくなってきた。
日中のおむつ交換に訪室し、来て付き添っていた娘さんに挨拶すると、いつになく表情が柔らかい。最近は、ああしてくれ、こうしてくれ、との要求を聞かない。ケアハウスに任せた、と腹を括っているのか。おむつ交換の間、部屋を出ていた娘さんに、終わりました、と挨拶する。いつもありがとうございます、と深々とお辞儀をし、何か、もうこれで会うのは最後のような挨拶の仕方をする。ここは少し、話を聴いた方が良いように思った。
藤枝さんは大正生まれで、昭和初期にご主人とともに満州へ渡り、大連に住んだのだと言う。娘さんは終戦前、大連で生まれている。娘さんも、七十代半ばを過ぎている。終戦直後にどうにか生きて、引き揚げて来たが、弟さんは亡くなった。義彦と藤枝さんとはよく話したが、戦後大阪で商売をしていた頃の話が多く、満州に居たことは知らなかった。決して短い期間ではなく、人生の中でコアな時間だと思うが、言いたくなかったのだろうか。
日に日に、藤枝さんの動きは緩慢になった。もう話し掛けても、何も答えない。時々、呻き声を上げるのみ。看取りは時間の問題となった。最後の方は、娘さんが部屋に泊まり込んだ。
明け方、義彦達が朝のおむつ交換に回っている最中、娘さんが走って来た。下顎呼吸が始まっていた。ケアハウスのすぐそばの病院に居る当直医に連絡した。なかな来ない。おむつ交換を中断して、藤枝さんを見守った。
娘さんは藤枝さんの手を握っていた。全ての動きが止まった。当直医の足音が聴こえて来た。娘さんが手を握りながら、藤枝さんの胸に顔をうずめていた。
義彦は当直医を迎え入れ、経緯を説明する。大声にならないように。そうすることで、この場をどうすれば良いのか、との戸惑いをごまかしている。介護に抵抗ばかりする、しかし歌や映画が好きで調子の良い時は思い出話をいつまでもする藤枝さんが居なくなった。金切り声も、もう聴けない。
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