第23話 おむつ交換

 以前は決してコールを鳴らさなかった藤枝さんが、退院後は頻繁にコールを鳴らすようになった。コールを受けて行ってみると、おむつを全部外して、下半身は濡れていたりする。便をいじっていたこともあった。

 なぜか相手が仮眠中で、一人の時に多い。わざとやっているのか、とも思う。それでも、ああまたか、しゃあないな、と気持ちを落ち着かせて、着替えさせようとすると抵抗を始める。そういうことも慣れているので、上手くかわしながら、まずは服を脱がせる。

 藤枝さんは暴漢に襲われているような叫び声をあげる。個室なのに、他の部屋にも絶対に聞こえるような大声だ。 

 他の部屋のコール音が鳴る。センサーマットを踏んだ音だ。トイレ誘導をしなければ。裸の藤枝さんから一旦離れる。藤枝さんは叫び続けている。

 トイレ誘導を終えて帰って来て、続きを始める。シーツも濡れている。失禁の多い人はシーツの上に防水シーツを敷いている。それを交換しようと、まずは防水シーツを外すと、再びコールの音が聴こえる。また違う人のトイレだ。藤枝さんから離れる。

 次の人のトイレは、一回一回が長い人だ。終えて、戻って来ると、防水シーツを剥がした後のシーツに藤枝さんが失禁している。

 剥がさず行けば良かった、と自分の失敗を後悔するが、失禁した藤枝さんに対しても理不尽な怒りが湧いてくる。認知症だと分かってはいるのだが、とにかく早く失禁の処理を終わらせたい気持ちも相まって、叫ぶ藤枝さんの身体を壁側に押さえ付け、シーツを乱暴に剥がす。全体のシーツを替えるのは、なかなか骨折り仕事だ。多少雑にはなるが、仕方がない。

 藤枝さんが暴れ、挑発するような叫び声や怒声を浴びせると、認知症老人が相手だと分かっていても、義彦にも怒りの感情が沸いてきて、藤枝さんを押さえ付ける手に力が入る。こんな時はどんな声掛けをしても無駄だし、声が大きくなり暴言に近くなってしまうので、黙っている。

 どうにか新しいシーツ、防水シーツを張り終える。少しシワができたが仕方がない。朝起きた時に直そうと思う。続いて藤枝さんに新しいおむつを手早く付ける。またセンサー音が鳴らないか心配でヒヤヒヤする。その心配も重なって、力が入る。

 藤枝さんは疲れることを知らないのか、おむつを付けるのを邪魔をする。義彦の手を掴んでくる。仕事にならない。

 思わず、藤枝さんの手を押さえ付ける。それでも抵抗をやめないので、軽くひねって、痛がらせる。

 これは虐待になるのではないか、とハッとする。ケガさせないようにしなくては、と思う。怒りに震える心で、細心の注意を払おうと思う。この人は骨折しているのだ。また骨折するようなことがあってはならない、と思う。

 あらゆる介助の中で、特におむつ交換は、相手に自分の意思で動かれると困る介助だ。医師の診察の時の患者と同じで、動かれると、ちゃんとできない。

 介護は自立支援と言われ、相手の自由意思を止めてはいけない、と言われるが、おむつ交換は別だ。自分の意思で動く人へのおむつ交換は、格闘技のようになってしまう。

 もう、おしっこ垂れ流しでも良いのではないか、という気もする。パジャマも、着なくても良いのではないか。ずっと裸でも良いのではないか、という気もする。暖房も入っている。それで風邪を引いても、良いのではないか。もうこの人は、パジャマや服が何かとか、おしっこ垂れ流しが気持ち悪いとか、風邪引いたらしんどいとか、そんな感覚は持っていない。そんな感覚や、時間や場所の意識や、目に見える現実を超越した最強の存在だ。

 でも、ちゃんとしておかないと、藤枝さん本人は何も覚えていないし、骨折しても何も言わず、ただ叫び暴れるだけだが、家族から苦情が来ることは予想される。今回の骨折でも、家族への対応が大変だった。

 しかし、家族も今の藤枝さんとはコミュニケーションが取れない。今の藤枝さんが望んでいることを把握しているわけではない。ただ、おしっこ垂れ流しではなく、夜はパジャマを着て布団をかぶって寝てほしいとは思っている。それは、藤枝さんが望んでいることとは違うかも知れない。

 義彦も自分の親がこうなったら、どうすれば良いのかなんて分からないが、世間一般の常識に合わせて、失禁したら着替えさせるだろう。嫌がる本人を、暴れる本人を押さえ付けて、痛がらせて動きを止めたり、虐待すれすれのことまでやりながら。みんな、そうしたくはないが、やらなくてはいけないからやっている。義彦も仕事として、仕方なくやっている。本当はそうしたいだろうか、と思う。

 

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