第21話 決意

 アジャイと、友人のラクシュミから、久しぶりに招待された。

 インドでは飲酒はあまりできないが、二人とも酒には強く、アジャイの部屋でビールと焼酎を飲んだ。

 アジャイが何度も、何かを言いかけてやめる。時折、ラクシュミとひそひそ何か話している。いつもと違う二人の表情に、義彦も、察した。

「帰るの?」

 ストレートな言葉で、聞いてみた。

 EPAを含め、今までケアハウスに外国から来た中で、期間満了を待たずに途中で帰るのは、アジャイが初めてになる。

「はい、すいません」

 アジャイはうなだれている。理由は、これまでのいきさつから、聞かなくても分かるが、敢えて聞いてみると、日本人と仕事するのは疲れました、最近は夜も眠れない、とのことだった。でも、藤枝さんんの骨折は自分とは関係ない、と大きな目で義彦を見据え、言い切った。

 決意するにあたっては、逡巡したはずだった。日本で働くことで、インドに残る両親や兄弟姉妹を養えるほどなのだから。しかも今年から始まった特定技能実習生は、うまくすると日本に永住できるし、家族を呼び寄せることもできる。しかし、挫折する人も多いはずだ。日本には見えない壁が何重もある。ラクシュミは当面残るようだが、アジャイの決心に、心が揺れていると言う。


 骨折の治療のため入院した藤枝さんは病院で状態が悪化し、ケアハウスで看取りをすることになって帰って来た。その変貌ぶりに職員一同驚き、アジャイも大いにショックを受けていた。声を掛けても反応は薄く、終日寝たきりで、トイレへも行けず、おむつ交換を繰り返す。

 おむつ交換の際には、抵抗もみられた。

 今回の状態悪化と骨折に因果関係はないとのことだが、職員間ではやはり骨折が引き金になったのだ、との話で持ちきりだ。

 どうも介護現場というのは、誰かを悪者にしたがる。アジャイの職場での孤立ぶりは、覆らなくなってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る