第15話 日本人

 介護というものを学ぶために単身日本に渡って来たアジャイにとっては、この施設で働くほとんどの人が早く仕事を終えて早く帰ることを目標にして日々業務を行っていることが納得できないようだ。

 他人のことは放っておこう、と割り切れれば良いし、かつてのEPA研修生もそう考えていたようだが、利用者のことを真面目に考えれば考えるほど、とても許せるものではないらしい。

 徐々に、アジャイは独断で行動を始めるようになった。他の職員が藤枝さんのトイレの求めを断っている横から入ってトイレに連れて行くことから始まり、他の職員に報告せず利用者の求めに応じて散歩に連れて行ったり、自分が定時の業務を終えた後に夕食の食事介助を始めたりした。

 他の職員に言われて、義彦が間に入る。散歩に連れて行く前に看護師に体調を確認することが大事であることや、他の職員に告げないとどこへ行ったか分からないので困ることなどを言おうとするが、アジャイの考え方にある程度の理解を示したうえで言わないと納得しないように思えて、先にアジャイの言い分を聞くことにする。

 看護師や他のベテラン介護職員と話をしようとしても、アジャイが何かを言おうとした瞬間に拒絶される。何を言っても聞いてもらえない。外国人には何も分からない、と思っているのか、あるいは、長くこの職場に居る人間の方が絶対的に正しいのだという意識が職場全体に強くはびこっているのか。日本人というのはそうなのか、とアジャイの怒り、苛立ちの対象は『日本人』に広がってきている。

 EPAで日本に来た研修生は日本に憧れて来て、日本文化を無理にでも分かろうとし、日本に同化しようと必要以上に努力する人が多かった。技能実習生のアジャイも、当初はそうだった。しかし半年間日本人の中に入って働くうちに、どうにも我慢できないことが募ってきたようだ。日本人は勤勉だと思っていたが、実は全然そんなことはなく、出勤だけして自分のベストを尽くそうとしない姿勢に驚き、上司などの前でだけ勤勉さを装う日本人の裏側を見て、幻滅しているようだ。


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