第8話 同窓会

 義彦の旅行は七年に及んだ。二十三歳から三十歳という年齢に当たる。社会においては恐らく一番仕事を覚える時期だろう。

 日本で働くことに行き詰まっていたが、外国への移住も難しい。義彦が会った旅行者には、長く旅行をして、帰れば仕事も住む所もないという人がたくさん居たので、義彦も、行きたい所へは行けるうちに行っておこう、その後のことは、それから考えよう、という気になった。

 日本に帰れば職探し等で苦しむであろうことは目に見えていた。結局、社会的には数年の空白ができただけで、その分、就職等に不利になっただけだ。

 大富豪でもないのにこれだけの長い期間旅行ができたのは、アジアの通貨に対して日本円の力が強かったからで、自分の実力によって長期間旅行できたわけではない。将来的には国家間の経済力が逆転する可能性も、ないとは言えない。

 中国やインドは人口が多い分、経済成長の可能性を大いに秘めていることは当時から指摘されていた。中国人やインド人の旅行者が大挙して日本を訪れる時代が来ないとは限らない、と当時から時々考えていたが、約二十年が過ぎた今、中国人旅行者は日本のどこへ行っても見掛けるようになり、インド人旅行者も珍しくなくなってきた。

 観光都市である京都には、特に多い。市内の観光地では、日本人を探す方が難しいほどになっていて、かつてのアジア諸国での観光地や安宿街に迷い込んだか、と感じることもある。あり得ないと思っていたことが、現実になっている。


 先日『旅人同窓会』なるものが大阪であり、参加してきた。何人か連絡を取っていた元旅行者からインスタグラムの招待があり、アカウントだけ作っていたら、知らせが入った。インスタグラムの、知り合いかも?の表示に平林の名前もあったので二十年ぶりに連絡してみると、今は東京の不動産会社に勤めているとのことで、大阪での『同窓会』に、出張のついで、と参加してきた。

 『同窓会』とは言っても、ほとんどが義彦の知らない顔ぶれだった。発起人は義彦がインドの安宿で会った、今は旅行をやめてホテルで働いている同年輩の男性だが、彼が各地で会った人達を中心に、その知り合い、そのまた知り合い、と集まり、あるいは旅行はしたことがないが連れて来られた人なども加わっているため、よく分からない集まりとなったが、それはそれで初対面でも旅行の話題などで盛り上がり、出席者のほとんどは男性だったが中には女性も居て、話すのも新鮮だった。

 現在進行形で旅行している人は二十人を超える出席者中、二、三人しか居なかった。現役の旅行者は日本国内ではぎりぎりのお金で生活している人が多いはずで、こんな飲み会に参加することも彼らにとっては重大な出費となるのが、よく分かる。

 数少ない現役の彼らに話を聞いてみると、最近はアジア各地でも物価が上がっていると言う。義彦もたまに現役バックパッカーのブログを覗いたりするが、同じようなことが書かれている。

 平林は、すっかり家庭を持つ男の顔になっていた。「お互い老けたなあ」と笑いながらも「俺は不動産屋だけど家は買わない。買う気がしないんだよ」と言う。

「また、旅行へ行きたいんだ。一ヶ所に定住するのは、合わないんだ」と、義彦とは違って大学を休学しての旅行で、卒業して就職もして、堅実な人生を送っている平林は言う。「早期退職して、旅の生活を送るかな。インド人が家庭の義務を果たしたら、林住期と言って、物を持たず、旅の生活をするようにね」

 家庭はあるもののギリギリの生活で、老後のことなど、将来の見通しがまるで立たない義彦は、今はそこまでのことを考えられないが、平林の言うことはよく分かる。義彦には家を買えるだけのお金もないが、家を買うということにあまり魅力を感じない。

 三十歳で踏ん切りをつけて旅の生活をやめて日本で生きようと思った時、いずれ、定年後か老後か分からないが、ある程度の日々を日本で過ごした後、再び旅に出たいと思った。

 いつか再びまた出て行くことに希望をつなげて、旅の生活を中断した。他の旅行者達も、同じようなことを言っていた。旅の生活は、始めるとやめられないところがある。他の出席者にも聞いてみると、今は堅実に働いているが、退職した後は長い旅行へ出たい、できれば定住したくない、と一様に声を揃えた。

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