ギィギィ

仁城 琳

第1話

四月になれば俺も大学三年生。来年にはに卒業論文も提出しなければならない。勉強に当てる時間を増やしたくて、毎日一時間かけて通学していた時間を減らすため実家を出て一人暮らしをする事にした。一人暮らしには憧れがあったし、社会人になれば実家を出るつもりだ。練習のためにもちょうどいいだろう。

「予算はなるべく低くしたいんですね。」

「はい、どんな部屋でもいいので。安い部屋で!お願いします!」

「はぁ、なるほど。でしたらこの部屋なんてどうでしょう。」

「やっ…す。え、こんなに安いんですか?」

「えぇ。えぇ。こんなにも駅まで近いのにこの家賃はなかなか無いですよ。どうします?」

「うーん…?」

「部屋も特別広い訳ではありませんが、狭くはありませんし。一人暮らしなら十分な広さですよ。どうです?」

「へぇ。」

駅まで徒歩三分。ほぼ目の前じゃないか。その最寄りの駅も大学から二駅だ。通学時間もかなり減るだろう。だけどこれだけ安いならもしかして何かあった部屋なのでは?

「あの。この家っておかしな家じゃないですよね?ほら!前の住民が死んでる!とか。」

「ありませんよ。」

俺がいい切る前にぴしゃりと返されてしまった。さっきまで笑顔だった不動産屋が一瞬真顔になったのに怯んで俺はそれ以上聞けなかった。

「前の入居者様は亡くなっておられません。」

不動産屋はさっきの真顔が嘘のようにまた笑顔で話し出す。

「どうします?こんな好条件な物件、放っておいたらすぐに別の入居希望者が来てしまいますよ。ただ。」

「ただ?」

「一つお話しておかないといけない事がありまして。このマンション、近くに公園があるんですよ。」

「公園?それがどうしたんですか?」

「いえ。子供の声が気になる、という方もいらっしゃいますので。大丈夫ですか?」

子供か…。俺はあまりそういうのは気になる方じゃない。なるほど、だから家賃が安いのか。

「俺はあまりそういうのは気になるタイプでは無いので。大丈夫です!この部屋でお願いします!」

契約した部屋は綺麗で、不動産屋の言う通り一人暮らしには十分なくらい広かった。なによりロフトが気に入った。ロフトには憧れがあったのだ。秘密基地みたいで、なんて子供すぎるだろうか。

「いい部屋だな。ここにしてよかったなぁ。」

ロフトを寝室替わりにしようかと思ったが、寝相が悪すぎるからやめにした。落ちることなんてないだろうけど、あまりにも寝相が悪いから万が一の事を考えて。ロフトには小さなテーブルを置いて、参考書なども並べ、勉強部屋にすることにした。窓からは聞いていた通り公園が見える。窓を開けていたら子供たちのはしゃぐ声が聞こえて正直うるさいが、窓を閉めてしまえばほとんど聞こえない。これはいい部屋を見つけたぞ。俺はこの部屋に出会えた事に満足していた。

この部屋に住み始めて約一年がたった。もうすぐ俺は大学四年生になった。卒業論文の為に大学の図書室に籠るか、家に資料を持ち帰り勉強する日々が続いていた。卒業論文に集中し始めてから神経質になったのか、公園の音が気になるようになった。子供の声はもちろん、特に気になるのはブランコの音。古びていて錆びているのか、ギィギィという音が聞こえる。前から聞こえていた気もするが最近妙に耳につくのだ。その音が気になって集中出来ないからなるべく図書館に残ってギリギリまで資料を読み漁るようになった。今日も図書館が閉まる時間まで滞在し、部屋に帰ってきた。続きをやろうとパソコンを開くとまた、ギィギィという音が聞こえる。なんでこんな時間まで遊んでるんだよ。外は真っ暗だぞ。俺の勉強の邪魔をしないでくれ。ギィギィ…ギィギィ…音は止まない。耐えられなくなった俺は窓を開けて叫んだ。

「おい!何時だと思ってるんだ!!さっさと家に帰れクソガキ!!」

ギィギィ…ギィギィ…。音は止まらない。

「あああぁぁ!!クソッ!!こんな部屋、住むんじゃなかった!!」

ギィギィ…ギィギィ…。後ろからずっと音が聞こえてくる。…後ろ?俺は後ろを振り返る。

「…はあぇ…?」

さっきまで俺がいたロフト。そのハシゴの上から何かがぶらさがって揺れている。ギィギィ…ギィギィ…。音は大きくなる。何かと目が合う。長い髪の間から覗く目。ロフトのハシゴから伸びるコードの様な紐で首をぐるぐる巻きにした青白い顔の女が生気のない目でこちらを見ている。女が揺れるのに合わせて、ギィギィ…ギィギィ…、と音が鳴る。


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ギィギィ 仁城 琳 @2jyourin

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