第7話 詰問
何故、光典が裕也のことを知っているのか。頭が真っ白になり言葉が出なくなった。光典の両手に頭を挟まれて動けない。
「こないだ俺が寝たと思って名前言うたやんな。しっかり聞こえちょんよ」
光典は本当に私の呟きを聞いていたらしい。
すぐ前に迫った光典の黒目がちな目が三日月型に細められ、薄い口の端が吊り上がっている。いつもの調子で喋っているように聞こえるが、怒りや憎悪を無理矢理押し込めているかのような語気の強さが感じられる。ともすればそのまま殺されてしまいそうな気がして、私の口から自然と「ごめんなさい」と漏れ出た。
「専門学校ん時に付き合いよったんかな?どこまでやったん?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「怖がらんで良いよ。俺、別に怒っちょらんけん。俺が急に結婚してくれとか言うたけん困ったよなぁ。それでも紫生さんがここに戻ってきてくれたから、俺はそれで良いんや。ただ気になるのは気になるやん。ユウヤとはどこまでやったん?」
「何もしてないです、ごめんなさい、ごめんなさい」
「何もしてないん?」
「で、デート、少しデートしただけ、です。え、駅ビルと、相手の家と。他のことはせがまれたけど断って、そ、そしたら次会った時に振られて、な、何もしてないです。何も…」
震える声で、何度もつっかえながら答えた。嘘はついていない。裕也が私を振ったタイミングを振り返ってみると、確かに裕也から性交を迫られたのを断った後だった。
光典はしばらく笑顔のまま私を見ていた。眼力に
やがて光典の口から笑声が漏れた。
「何かさぁ、今こういうこと言うと悪いけど」
光典の右手が私のこめかみから頰にかけてを撫で下ろした。
「紫生さん、ええらしいなぁ」
光典の顔が蕩けたようにうっとりとしていた。
私はしばらく車の中で泣きじゃくっていた。ゲラゲラと笑う光典の腕に収められ、背中を擦られながら。
「ごめん!ごめんて紫生さん!そんなに怖がると思わんやん!アッハッハ!あぁ〜もう、紫生さん本当にええらしい!」
「今、抱かれて動けんことすら怖い…」
「ごめんごめんごめん!何もせんよ!いやでも本当に男と付き合いよったんやぁ…」
「バイト先で仲良くなって、なんか流れで…ごめんなさい」
「良いよ、良いよ。俺は紫生さんがどんだけ寄り道しても、最後には俺んとこに戻ってきてくれたら良いと思いよるけん」
「うー…ごめんなさい」
「紫生さん、もう謝らんので」
背中を擦りながら宥めてくる光典の声はすっかりと落ち着いている。安心したら一層涙腺が緩くなり、光典から「泣かんよ、もう泣かんので」と困ったような声でまた宥められた。
「ユウヤ君の葬儀は行かんで良かったん?」
「うん…どうせもう赤の他人やし」
「そっか」
唐突に外から視線を感じた。顔を向けてみると、下校中であろう斗真が愕然とした様子で立ち尽くしていた。
「お、斗真おかえり」
何事も無かったかのように光典ともども車を出ると、斗真が小走りで光典に近づき腰に取り付いた。
「光典くん、いま紫生ちゃんとエッチなことしよった!?」
「しとらんわ!このマセガキ〜!」
辺りに響きそうな程の大声で笑いながら、光典が斗真の頭をワシワシと撫でた。それから「もうお前も乗ってけ」と言えば、斗真が「やったぁ」とガッツポーズをして後部座席へ乗り込んだ。
私と光典もそれぞれ乗り込み、田染邸へ続く山道へ向けて走り出した。
「で、何しよったん?」
「大人の話じゃあ。大人には大人だけでする色んな話があんの」
「紫生ちゃん目ェ赤くない?光典くん…な、泣かせた?」
「それについてはめちゃくちゃ反省してます」
「違う違う、単なる充血よ。光典さんも乗らんのよ」
「紫生さん優しい…」
「だから乗らんて」
目の充血は間違い無く泣いたことによるものだが、斗真が知る必要は無いと思ってごまかした。
和やかな雰囲気のまま田染邸の敷地に着き、私の軽自動車と、克典と保奈美ちゃんのSUVが並ぶ駐車スペースに車を停めた。斗真が真っ先に車を降りるなり「光典くんが紫生ちゃん泣かせたー!」などと叫びながら家に入っていくのを、光典が「保奈美ちゃんには言わんでー!」と叫びながら追いかける。
2人の後をゆっくりと歩いてついて行きながら、私は光典との会話から得た確信によって気分が悪くなったのを顔に出すまいと努めた。
裕也を殺したのは光典だ。
ええらしい…大分弁で『可愛い』。
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