第47話

「さぁ!高校女子バスケットボール日本一を決めるこの大会も準々決勝まで来ました!」


テレビから聞こえる試合の歓声を横目に宿題を進めている、夏休みの昼間。

昨日も同じようにこの時間を過ごしていた。


「....悟、宿題するのもいいけど.....他にやることないの?」


我が母親ながら随分と辛辣なことを。


「...バスケ見てる」


はいそうですよ、何も無いですよ。

でもそれは今だけだ。

萩原たちとも遊ぶ約束をしているから大丈夫.....どこ行くとかあんまり決まってないけど....


「はぁ....見てるのは葵ちゃんが出てる試合だけでしょ?宿題どこまで進んだの?」


「....こんな感じ」


「もうほぼ終わりじゃないの...まだ夏休み始まって1週間少しよ?勉強できるのは良いことなのに....なんだか褒めていいのか迷うわね」


素直に褒めてくれ。

おかげでほぼ終わっている。

今年の夏休みは忙しくなる予定だからな。


「もう今日はそのくらいにしといたら?葵ちゃんの試合もそろそろなんじゃない?」


「そうだな....ここまでにしとこ」


そう言って、宿題の手を止めてテレビに目をやる。

テレビからでも伝わってくるコートの緊張感。

やはり全国のプレッシャーは今までと比べ物にならないのだろう。

それも今日からベスト8。

そんなこと考えていると家のインターホンが鳴った。


「こんにちは〜!」


「あら〜!唯ちゃんに夏樹くん!いらっしゃい!」


どうやら田宮と萩原が来たみたいだ。

うん、なんで?

そう思って、俺も玄関に顔を出す。


「こんにちは!萩原くん!」


「今日来るって言ってたか?」


「いえ、言ってませんよ?」


尚更なんで来たんだよ....

いや来るのは良いんだけど、せめて連絡のひとつくらいくれてもいいと思う。


「まぁ良いじゃないの〜!ほら、2人とも入って入って!」


「すみません、お邪魔します」


「お邪魔します!」


急なこと過ぎて邪魔すんなら帰って〜とお決まりのノリを披露したくなる。

俺がやってもスベるだけだ。


「お茶出すから3人で座ってなさいね!」


「ありがとうございます!」


てかなんでこの3人こんなに馴染んでんの?

俺より馴染んでる気がする。

さすがに気のせいか。

状況を読み込むことに必死になっているとテレビの実況が部屋に響いた。


「さぁ今回の試合は、滝谷高校VS清明高校!準々決勝注目カードです!」


「清明高校は今大会最も注目を集めている選手と言ってもいい2年生エース佐倉葵を筆頭に、それぞれがエースを支え、またエースが皆を支えて、地区大会では春海高校との激戦を制してここまで勝ち上がってきました!7年ぶりの全国出場!強豪復活なるか!?」


「いよいよ佐倉さんの知名度も全国レベルですね....なんだか遠い存在になったみたいです」


葵の友達であるのが誇らしいと同時に、さらに遠くなったようで俺も少し寂しさを感じる。


「対する相手は滝谷高校!間違いなく優勝候補筆頭でしょう!去年は惜しくも決勝で敗れてしまいましたが、今年も去年と同じく全国トップクラスの実力者が名を連ねます!!今年こそ日本一に輝き最強の名を取りに行きます!!」


「わぁ...そんなに凄い相手なんだ」


「去年の準優勝校だからな....昨日のテレビでは特集組まれてたぞ」


「ほえぇ」


アホっぽい声をあげる萩原を横目に、テレビでは試合開始直前の葵達の姿が写し出されていた。

選手たちの表情には大きな緊張が浮かんでいた。

セットに入るのは当然、エース葵。


「さぁ....今!ティップオフ!!」


ジャンプボールは相手にボールが渡った。

最初の攻撃は成功した。

先制は滝谷高校。


「相手もジャンプ高かったねぇ....」


「大丈夫ですよ、試合は始まったばかりです」


「...そうだな」


試合展開は、まさに点の取り合い。

試合開始から両チームの消耗が激しい。

息付く暇も無い試合展開が続く。

....それにしても


「何かありました?坂村くん」


「いや...なんでもない」


.....気のせいか?

根拠を言うなら、ただの勘。

なんとなくそう見えた。

だが拭いきれない違和感から湧き出る嫌な予感。

それは、試合が進むにつれて徐々に


「あぁっと!佐倉葵のパスミスです!」


徐々に試合に現れていく。


「らしくないミスが続きます!清明高校エース!」


「どうしたんでしょう....どこか調子悪いんでしょうか」


やはり気のせいなんかじゃなかった。

さっきからいつもの様に動けていない。


「清明高校!ボールアウトのタイミングで選手交代です!....エースが....佐倉葵下がります!」


「えぇ!?なんで!?」


「やっぱりか....」


「どういうことです?」


「葵のやつ...恐らくどこか怪我してる。」


試合開始のジャンプボール。

さっきの相手の高さなら、間違いなくいつもの葵なら競り勝っていた。

テレビに映る葵は交代に納得できない様子だった。


「キャプテンが2年生エースを説得しています....ここで佐倉が抜けるのは清明高校にとって痛手です!どうするのか!?」


コート上の出来事を丁寧にアナウンスする実況。

試合は今、第2Q残り5分。


滝谷高校 31-28 清明高校


「どうするんでしょうか、点差自体は開いていないですけど....」


キャプテンの説得もあって、葵はベンチに下がっていく。

さっきと違って、葵の足は引きづられていた。

どんだけ無理してたんだよ....

昨日の電話の時点では、そんな話少しもしていなかった....

いや、葵が自分から言うはずがない。

そんなの隠し通して、足が壊れても試合に出たがるはずだ。

それだけエースである責任を感じて、重圧を背負っている。

この状況がその証明になる。


「なんでここまで....」


「葵にとって最後じゃなくても、先輩たちにとってはこれが最後だ....だから、葵は黙っていたんだろうな」


だが、今回はその気持ちが仇となった。

エースを欠く、それは言葉以上に重い。

今は勢いでどうにかなっても、あとから重く伸し掛る。

それでも第2Qは何とか食らいついて一時はリードを奪ったが、それでも逆転されて終わった。


滝谷高校 39-34 清明高校


何とか食らいついても点差は開く。


「佐倉さん....戻ってこれるかな?」


「分かりません...怪我の状態にもよると思いますが....」


そうは言ってはいるが、恐らく葵がコートに戻ってくることは無い。

もはや、万事休す。

俺の部屋にも重い空気が蔓延する。


そこからの試合展開は、前半とはガラリと変わった。

止めようとしても止められず、点を取ろうとしても取れない。

見ることすら躊躇ってしまうほどの力の差がそこにはあった。


滝谷高校 89-72 清明高校


「.....終わって....しまいましたね.....」


「うん.....」


2人の目から涙が滴る。

テレビに映る葵達も涙が止まらず、何人かの選手は立ち上がれずに居た。

だがあえて言わせて欲しい。それでも胸を張って帰ってきて欲しい。

一時とはいえ、エースが居ないというこれ以上無いほどの傷を背負いながら、優勝候補筆頭相手にリードを奪ったんだ。

負けはしたが全国ベスト8、その場所はほんのひと握りのチームにしか立てない場所である。

充分に胸を張れる結果だ。



全国高校女子バスケットボール大会。

清明高校 準々決勝で惜しくも敗退。


悲願の強豪復活への道のりは幕を閉じた。





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